文字サイズ変更:巫女にゃん!「さぁ! お待たせしました! 子猫でキュートな巫女さんアイドル、『にゃんにゃんMIKO’s』の登場です!!」 司会者の紹介とともに軽快な音楽が流れ、休日でにぎわうアウトレットモールの中央ステージにスポットライトがあたった。 観客席からうおぉぉぉと野太い声があがる。普段は家族連れやカップルが多いこの場所に、あまり似合わない集団だ。 「みなさ〜ん! こんにちはーっ♪」 ステージのそでから軽い駆け足で出てきたのは五人の少女だった。巫女装束の緋袴を膝上三十センチのミニスカート丈にし、襟元や袖にキラキラと刺繍を入れた衣装を着ている。そしてグループ名が表わす通り白い毛色の猫耳カチューシャと尻尾を身につけており、ステージ中央で小首をかしげて招き猫のようなポーズをとった。 それぞれ目が大きくてはつらつとした子、おっとりとした癒し系の子などタイプは様々だが、皆街で歩いていれば視線を惹きつけられる程の美少女だ。 「今日は、全員では来れませんでしたがぁ、みなさんと一緒に思いっきり楽しんじゃいたいと思いまーす♪ にゃん♪」 メンバーの一人がそう言いながら、猫耳の横でグーにした手をちょいと曲げると、再び観客席に轟くような歓声があがった。 ――そのステージを、少し離れたから所から見ている二人がいた。 一人はすらりとした黒スーツの二十代半ばの女性で、襟の大きな白いシャツに長い黒髪が映え、凛とした雰囲気を漂わせている。 その隣にいるのは、薄黄色の花柄チュニックとジーンズ生地のミニスカート着た少女だった。十五、六歳ぐらいだろうか。さらさらとした栗色の髪を高い位置でひとつに結っていて、やや童顔だがぱっちりした瞳は気が強そうにみえる。 しかしその瞳には今、怯えたような影が落とされていた。彼女の視線は、ステージと観客たち、その周囲をせわしなく行き来する。 「……何なんですか、これ……っ!」 震えを押さえながら言った少女の強い声に、黒スーツの女性は楽しげにすら聞こえる軽い口調で答えた。 「あら、事前に言っておいたでしょう? 大丈夫、あなたは何千人もの応募者の中から選ばれたのよ。素質があるわ。『あれ』が見えるのが、その証拠」 ステージ上では、にゃんにゃんMIKO’sの歌が始まっていた。ステップを踏みながら猫をイメージした振付けで歌うメンバーたち。ところどころ数十人の野太い声で観客席から合いの手が入る。 「♪〜にゃんこーの、ビームでぇ〜、萌え萌〜えハートを〜っ、お祓いっ、イェィ! しちゃうにゃんっ♪」 そのステージの周囲。 観客の肩の上。 興味なさそうに通り過ぎる買い物客の隣。 いたるところに浮かぶ不気味な黒いモヤ――そして、それを射抜き消し去る、銀色の光矢。 観客も他の買い物客も、その異常な光景に気づいていない。それらが見えるのは、この場で七人だけ。 子猫でキュートな巫女さんアイドル『にゃんにゃんMIKO’s』は、萌え萌えにゃんにゃん♪と歌いながら、日常に潜む鬼たちを退治していたのだった。 あれは半年前のこと。 高校一年生の峰山千花は、自分が見つけてしまったものに驚愕し、凍り付いていた。 「これって……『にゃんにゃんMIKO’s』……っ!?」 自宅で数学の宿題中。今席をはずしている幼馴染の教科書に挟まっていたのは、最近注目を集めているキャラ系アイドル、にゃんにゃんMIKO’sの生写真だった。 神出鬼没のアイドルグループと言われ、メンバーは全員で十五人程いるらしいが、五〜六人単位で地域のちょっとしたステージに現れることが多いという。 色モノなので広く大衆に受け入れられている訳ではない。しかし、その特殊なキャラクターから認知度は高く、また一部ファンからは猛烈な支持があるらしい。 「まさか、とうとうこんな方向にまで……」 千花が写真から目を離せないでいると、部屋の外からタンタンと階段を上がってくる音が聞こえた。千花は慌てて写真を教科書に戻す。 「千花ー、うちからケーキとお茶持ってきたよー。おやつにしよう」 ほのぼのとした笑顔で部屋に入ってきたのは、隣の喫茶店の息子、穂杖由春だ。黒髪で背が低く線が細い印象の千花の同級生で、二人はひとりっ子同士なこともあり兄弟のように育っていた。 由春が持つトレーには、白磁の紅茶ポットとカップ、揃いの小皿に乗せられた二切れのロールケーキが用意されている。 「今日はロールケーキにしてみたよ。生地にオレンジピールの香りをつけて、クリームはヨーグルト風味なんだ。とっても爽やかに仕上がったよ。最近では一番の自信作っ」 「あ、ありがと……」 由春と自宅で勉強をすることは、千花にとって小学校の頃から当たり前の日常だった。 勉強がどうにも苦手な千花が優等生の由春に教えてもらうという形で、由春は毎回必ず紅茶と手作りケーキを用意してくれた。中学時代など散々クラスメイトにはやし立てられたものだが、この手作りケーキの美味しさを知ってしまうと今更やめるのは無理だった。最近ではたまに喫茶店で出すケーキも作っているらしい。パティシエである母親に並んだということか。 ローテーブルの上にある勉強道具を一旦横の床に積み重ね、二人はケーキを食べはじめた。しかし千花はその爽やかに広がる控えめな甘さ、ふわふわしっとりな生地の食感を心から楽しめずにいた。 「あのさ、由春」 「ん? なに?」 「由春って前からアイドルとか好きでしょ?」 「えっ、まぁ、そうだね……」 ちょっとバツの悪そうな顔をする由春。ケーキ作りとアイドルという全くかけ離れた二つの趣味を持つこの少年が、ちょこちょこ雑誌の切抜きを集めたりグッズを買ったりしていることを、千花は知っている。 千花は別にアイドルを否定するつもりはなかった。女の自分から見ても可愛いし、憧れる面もあると思っていた。 ただ、由春がアイドルのグッズを満面の笑みで眺めている姿を見ると、何故だか腹が立ってくるのだ。 他人の趣味にとやかく言う権利はないと、頭では理解しようとしていて。だったら由春からアイドルの話なんて聞かなきゃいいのだが――どうしても気になってしまう。 「最近では何が一番好き?」と、千花は探るように訊いた。 「えっとー……ビー・ハーツとか? な、なんで急にそんなこと聞くの?」 「……別にぃ」 至極無難な有名アイドルグループ名を言った由春から、千花はぷいと視線をそらした。そっか、隠すんだ。ふーん。 由春は急に機嫌が悪くなった千花の様子をおどおどと窺いながら、しかし何も言えずにいる。 しばらくの間、二人はただ黙々と紅茶を飲みケーキを食べていたが、とうとう沈黙に耐えかねたのか由春が口を開いた。 「た、確かに僕はアイドルが好きだけど。アイドル個人が好きなわけじゃなくて、彼女たちが観る人に与えてくれる元気とかパワーが好きなんだっ」 「ふーん。そーなんだー」 ホッキョクグマも凍える極寒の視線に、珍しく由春は負けなかった。下手に振り絞った勇気があとで後悔の元になるとは、このとき思いもしなかったのだろう。 「千花もライブに行けばきっと分かるよっ。彼女たちは僕らにパワーをくれるんだっ。そのために彼女たちはあの笑顔の下で、想像もつかない努力を重ねてて……!」 ダンッ、と、千花は手のひらでテーブルを叩いた。ひっと由春が息をのんで身を引く。 「……なによ、彼女たち彼女たちって! 猫耳つけて踊れば、他人にパワーを与えられるっての!? だったら誰だってできるじゃない!」 そんなにアイドルが特別な存在だというのか。衣装や猫耳に騙されているだけに決まっている。それくらいなら、私にだってできる。 立ち上がった千花は、由春の数学の教科書を持ち上げバサバサと乱暴に振った。ひらりと落ちる『にゃんにゃんMIKO’s』の写真。 「えっ、ちょっ……なっ……ちがっ……!?」 単語になっていない言葉を発しながら由春は、何度も交互に千花の顔と落ちた写真を見る。 そんな由春に、千花は右手の人差し指を真っ直ぐ突きつけて宣言した。 「見てなさい! アイドルなんて大したことないって、私が証明してやるんだから!!」 やっぱり、来なきゃ良かったかも。 千花は控え室に満ち溢れる美少女たちを見回して心の中で溜息をついた。化粧品の香りがほのかに甘く香る室内には、ピンとした緊張が張り詰めている。 由春に啖呵をきってその勢いで応募してしまった『にゃんにゃんMIKO’s』の新メンバーオーディション。 冷静になって考えてみると、自意識過剰の無茶だった。箸にも棒にもかからないに違いない。 ――と、千花は思っていたのだが。 何かの間違いで書類審査に通ってしまい、さらに不思議なことに一次面接を通ってしまった。 千花は目が大きくて可愛らしい顔立ちをしていたが、アイドルになれるほどだとは自分では全く思っていなかったし、歌やダンスの特技があるわけでもなかった。 母方の祖父が神社の神主なので巫女に憧れてましたーなんて話で、面接官の反応が突然良くなった気がしたが、そんなに巫女萌えのスタッフが多いのだろうか。 今回は歌と振り付けの審査がある。『萌え萌えハートをお祓いしちゃうにゃん♪』なんてやるのは正直抵抗があった。しかし、控え室の他の応募者たちが、緊張で笑顔をこわばらせながら真剣に練習しているのを見て、千花は思い直した。 自分だけ真面目にやらないのは他の応募者に、そして書類や一次で落ちてしまった人たちにすごく申し訳ないことなんだ、と。 どんな偶然かは分からないが折角ここまで来れたのだ。こうなったら、とことんやろう。うん、私は『にゃんにゃんMIKO’s』になりたい! そうすれば由春もアイドルが雲の上の女神なんかじゃないって分かるはず。 ――千花に二次審査の通過が伝えられるのは、それから二週間後のことだった。 「♪〜子猫はぁー、とってもー、寂しがりっやぁーで〜、にゃん♪」 「M・I・K・Oっ、にゃんにゃんMIKO’sっ!」 由春の達者すぎる合いの手を聞いて、歌と振り付けを練習していた千花はぴたりと動きを止めた。 千花がにゃんにゃんMIKO’s新人オーディションの審査を通過していくにつれ、由春に自宅で勉強を教えてもらう時間はほぼ完全に練習の時間になっていた。もちろんケーキはいつも通り食べているのだが。 急に動きを止め、考え込むような表情で由春を見る千花。動揺した由春がおどおどと訊ねた。 「えっ、ぼ、僕、何かまずいことした?」 「うーん……こんなこと一生懸命やってる私が言うのもなんだけどさー。やっぱり幼馴染がアイドルの歌に合いの手とか入れてる姿を見ると、ちょっと……」 「きっ、キモい? やっぱりキモいよね……アイドル好きな上、男なのにケーキ作りが趣味なんて、キモい以外の何者でもないよね……」 消え入るような声で言う由春を、千花は全力で否定した。 「ケーキはいいの! ケーキ作りはすごく良いことだよ! 今日のフランボワーズも最高に美味しかった!」 「……ほんと? よかったー。ムース部分のリキュールが強かったんじゃないかって、心配してたんだ」 つい先程のどこまでも沈んでいきそうな暗い表情は一転ほのぼのした笑顔に変わり、つられて千花も自然と笑みがこぼれた。臆病で気弱な由春だったが、その穏やかでのんびりとした笑顔を見ると千花はいつも一緒に笑顔になれた。 千花はテーブルを挟んで由春の向かいに座り、すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。テーブルの上にはにゃんにゃんMIKO’sのグッズや雑誌が乗っている。もともと由春が持っていたものと、オーディションを受けることを決めてから集めたものだ。メジャーなアイドルではないのでテレビで見る機会は多くなく、萌え萌えにゃんにゃんと言っちゃうあたり、眉をひそめて冷ややかな目で見る人も少なくない。 一度やろうと決めたことは本気でやりとおす。千花はそんな性格だったが、一般の人からそんな目で見られる可能性が高い存在になろうとしていることに、まだ少し迷いがあった。 「ねぇ由春。私が本当ににゃんにゃんMIKO’sのメンバーになったら、どう思う?」 「そりゃあ、嬉しいよ! 幼馴染がアイドルだなんてすごいことだし、千花がにゃんにゃんMIKO’sの衣装を着たらきっとか……いや、その……」 〇.三秒で耳まで顔を真っ赤にした由春は、もごもご何か言いながらうつむいて首の後ろをかいた。そんな反応が返ってくるとは予想してなかった千花も、頬をほんのり染めて視線をななめ上の方向へさまよわせる。狭い部屋の中でこんな変な空気にしないでほしかった。 「わ、私がにゃんにゃんMIKO’sになったら、忙しくなって一緒に勉強できなくなるかもね」 なんとか話題を変えようと、そう言った千花。顔をあげた由春の瞳は、雨の日に段ボール箱で捨てられている幼い柴犬のようだったが、次の瞬間にはぱっと表情を変え、何か面白い遊び道具を見つけた仔犬のように輝いた。 「じゃあ、僕、ケーキを届けるよ! 事務所でもイベント会場でも、地方ツアーにも行くよ! 僕、千花にケーキを食べてもらいたいし、美味しいって思ってほしい」 「ほんと? それ嬉しいかも……」 「もしかして……控え室とか入れちゃったりするのかな!? そうするとやっぱり、他のメンバーの分も作っていったほうがいいかな!? うわ、にゃんにゃんMIKO’sが僕のケーキを食べてくれるなんて……っ!」 妄想ワールドへ全力疾走する由春を見て、千花はすーっと冷ややかなものが自分の気持ちを鎮めるのを感じた。一瞬でもドキドキしてしまった自分に心の底からバカだと言いたい。 「――店に帰れ、へたれアイドルオタク!!」 由春は問答無用で千花の部屋を叩き出されたのだった。 千花は檜の床の上で目を覚ました。 千花が着ているのは、巫女装束をミニスカートにアレンジしたような衣装――にゃんにゃんMIKO’sの衣装だ。目の前には部屋の中央に据えられた祠。その檜造りの社で祭られているのは丸い鏡で、周囲に四つの榊が立てられている。部屋の広さは学校の教室ほどあるが、祠以外には何もない。 半年かけて数々の審査を通過した千花は今日、新メンバーオーディション最終審査に臨んでいたはずだった。 衣装に着替えて、この部屋に入り、祠の前に正座し――それから記憶が無い。 「おめでとう。あなたは今日から『にゃんにゃんMIKO's』の新メンバーよ」 ゆっくりと立ち上がる千花に、深く落ち着いたトーンの声が掛けられる。ふり返ると、そこには正式な巫女装束を着た女性がいた。 長い黒髪をひとつに結い、切れ長の目と鼻筋の通った顔立ちは凛とした美しさを湛えている。この神秘的な女性を、千花は知っていた。 「藤川社長……。私……何があったんですか……?」 藤川美代子。アイドルグループ『にゃんにゃんMIKO’s』の事務所である藤川MMGの社長だ。千花は今までの審査で何回か会っていた。もっともその時は黒いスーツを着ており、今日この部屋に来て初めて巫女装束姿を見た。そう、藤川社長はこの部屋で何があったのか、知っているはずだった。 しかし、藤川社長は千花の問いに答えず、同性でも見惚れてしまう笑みだけを返す。 「あなたに重要なのは、今までよりこれからよ。まずは先輩たちのイベントを見に行きましょうか。それで大体分かるわ」 そう言いながら部屋の扉まで進み、千花に部屋を出るよう促す。 何がなんだかさっぱり分からなかったが、ここに立っていても仕方がない。千花は促されるままに部屋を出ながら、胸の奥がざわざわするのを感じた。今までに感じたことのない嫌な予感。 やっと『にゃんにゃんMIKO’s』のメンバーになれるのに、由春の喜ぶ顔が見られるのに、全く喜べない自分がいた。 私服である薄黄色のチュニックとジーンズ生地のミニスカートに着替えたあと、千花は何人かいるマネージャーの内の一人が運転する車に乗って、県南部のアウトレットモールにむかった。そこのステージでにゃんにゃんMIKO’sのメンバー五人がプロモーションミニライブをするのだそうだ。千花の隣には藤川社長が同乗している。 千花はきちんと膝を揃え少し背筋を伸ばして座っていた。いまだ不安は消えていないが、頭をフル回転させてテンションを上げる努力をする。この半年間してきた練習、数々の選考をくぐりぬけて、私はにゃんにゃんMIKO’sになれたんだ。これはすごいことだ。由春はきっと大喜びして、お祝いのケーキを焼いてくれるに違いない。 そんなことを考えながら窓の外を見ていると、後ろに流れていく街の景色に一つか二つ黒っぽい煙のかたまりのような物が見えた。信号待ちで止まった時にちょうど目の前にあったのでじっと見てみたが、やはり黒いモヤのような物にしか見えなかった。 目が疲れているのかな、と、千花は手の甲で目をこする。そんな千花に、藤川社長が声をかけてきた。 「見えるでしょ? あれは、霞鬼よ」 「はぃ……?」 ちょっとふぬけた声をあげてしまった千花は、すみません、とつぶやいて藤川社長のほうを見た。黒いスーツを着た社長は、自身が女優になれるのではないかと思うほど美しい。 「あの黒いモヤよ。鬼といっても自分から動いたりはしないわ。空中を漂って生き物に憑いて、生気を喰らう。憑かれた人間は死ぬわけじゃないのよ。倦怠感や理由のない不安を感じる程度ね」 「えーと、映画かドラマの話ですか?」 にゃんにゃんMIKO’sのメンバーが出演する話でもあるのかな、と千花は思った。社長は目を細めて笑う。 「もうあなたにとっては現実の話よ。あなたはにゃんにゃんMIKO’sなんだから。にゃんにゃんMIKO’sはね、鬼退治のために結成されたアイドルグループなの」 鬼退治と言われ、千花が思い浮かべたのは、腰にきびだんごをつけた桃太郎だった。もちろんお供は犬、猿、キジだ。 巫女装束風の衣装を着たにゃんにゃんMIKO’sが、ハチマキをまいてタスキをかけ、腰に刀を差した姿を想像する。悪い鬼は退治するにゃん♪とでも言うのだろうか。 「とりあえずはライブで特殊な場を作って霞鬼を誘き寄せ、歌で一網打尽というのが今の仕事ね。もっと違う種類の鬼にも対抗できるぐらい、ひとりひとりのスキルアップを目指していきたいものだわ」 藤川社長は何かよく分からない説明をしていたが、千花は聞き流してひとり納得する。 「……なるほど。そういう設定のアイドルなんですね」 「うーん、千花ちゃん、なかなか頭が固いのね」 まぁ見たほうが早いでしょうから、と社長は言って、その話題は終わった。 そしてその三十分後。千花は社長の言葉の意味を理解するのだった。 にゃんにゃんMIKO’s五人のステージが終わり、アウトレットモールの中央ステージ横ではCD販売と購入特典の握手会が始まっていた。 ――ステージ周辺に少なくともニ十個は浮かんでいた黒いモヤは、もう全て無くなっている。 握手会のため並ぶ観客も、周囲を行き交う買い物客も、つい先程まで黒いモヤが銀の光矢によって退治されていたことなど知るよしもない。 ステージから離れた場所で立ち尽くす千花に、藤川社長が言った。 「どう? 理解できた? あなたのやるべきことが」 「……無理です。あんな……信じられない」 「大丈夫。最初はみんなそう言うわ。でも、あなたにならできるはずよ。口寄せの儀を成功させる人は少ないもの。さぁ、事務所に戻ってこれからのスケジュールを説明しましょうか」 駐車場へ向かおうとする藤川社長。だが、千花は動かない。眉根を寄せてじっとステージ横の人だかりを、その中心にいるにゃんにゃんMIKO’sを見ている。 しばらく待っても動く様子がないので、藤川社長が声をかけようとしたその時、千花が振り向いた。半ばにらむような強い視線には、恐れと不安が透けてみえる。 「やっぱり……嫌です! 私……辞退しますっ。落ちた子の誰かを繰り上げて採用してください。あんな訳の分からないモノと、関わりたくありません」 千花の言葉に藤川社長は腕を組み、片手を顎にあて軽く小首をかしげた。 「ふうん……そうね、ちょっと落ち着く時間が必要かしら。今日はもう帰ってゆっくりするといいわ。車で送っていきましょうか?」 「結構です。ひとりで帰れます。もうお会いすることもないと思います……ありがとうございました」 礼儀正しく一礼して、歩き出す千花。藤川社長はその後を追うことなく、しばらく千花の背中を見ていた。 帰りの電車の中。千花はドアの近くに立ち、暗い表情で外の景色を見ていた。 外を見ていると時々黒いモヤが見える。歩いている人の背中に憑いていたり、ビルの屋上付近を漂っていたり。あんなものがこれまでも身近に存在していたというのか。背筋の下からぞわぞわとした感覚が這い上がってきて、千花は身震いした。 どうやら人の多いところはモヤも多いらしい。非常に嫌なことに、電車内にもモヤはいた。 なるべくいない車両を探したのだが、いない場所にいても次の駅でモヤを連れた人が入ってきてしまった。明らかに逃げるように離れたので、その時乗ってきた人たちは怪訝な顔をしたことだろう。でも仕方がない、黒いモヤの近くにいるのは気味が悪いのだ。 千花は、何度目か分からない溜息をついた。見えなかった頃に戻りたいと思う。しかし、見えないようになって、あれがもし自分に憑いてしまったら……と思うと、それも鳥肌が立つほど嫌だった。 今できるのは、なるべく黒いモヤに近づかないことだけだ。 (……由春になんて言おう) 千花は思った。にゃんにゃんMIKO’sが鬼退治アイドルだなんて言ったら、信じてくれるかな? そういう設定なんだねって、言われるのがオチだろう。 二人で審査に備えて練習していた日々を思い出す。少なくとも、もう辞退してしまったのだし、最終審査に落ちたと言うしかないだろうと思った。 (残念がるだろうなぁ。ケーキのスポンジがふくらまなかった時ぐらいしょんぼりするだろうなぁ) ずっと前、まだケーキ作りがうまくなかった小学生のころ、オーブンから出したての全くふくらんでいないスポンジを持って泣きそうな顔をしていた由春を思い出す。自然と笑みがこぼれた。期待して待っていてくれるだろう由春には申し訳なかったが、千花は由春の顔を思い出すと不安が薄らいでいくのを感じた。 由春がいて、勉強を教わって、ケーキを食べて。日常はこれまでと何も変わらない。ただ少しモヤが見えるようになっただけで、それは暴れるわけでも襲ってくるわけでもない。見てて気味が悪い程度だ。ハエとかの虫と同じようなものだろう。要は慣れだ。 千花はそう思って、しかし、次の駅で乗客と一緒に黒いモヤが入ってくると、きゃっと小さな声をあげて別の車両へ逃げるのだった。 黒いモヤのいる生活を続けて三日目。千花は黒いモヤを急に見ても声をあげない程度には、その存在に慣れてきていた。 しかし、黒いモヤを避けるため真っ直ぐ歩かなかったり、黒いモヤが近づいてこないかと空中をちらちら気にしている様子は、街を歩く見知らぬ人にもクラスメイトにも奇異の目で見られていた。 あの日、由春は最終審査に落ちたことを聞いて予想通りの反応を見せたが、すぐにオーディションお疲れ様ケーキを持ってきてくれた。大きさの違うホールケーキを三段に重ね、キラキラした透明なジュレとフルーツをたっぷり飾ったそれは、きっと審査を通過していたら合格おめでとうケーキになっていたものなのだろう。千花は自分で辞退したと伝えないでいることを少し後ろめたく思った。 千花と由春は同じ高校に通っている。由春が一生懸命勉強を教えた甲斐あって、千花は予定より一ランク上の高校に合格することができたのだった。 二限目の終了を告げるチャイムが鳴る。千花は苦手な数学の授業が終わって、ほっと一息ついていた。あまりにも理解不能なので授業中はずっとノートに落書きをしていた。あとで由春に教えてもらえばいいやと思う。その時、教室の前方からクラスメイトの声がした。 「千花ー、カレシが呼んでるよー」 「だから、彼氏じゃなくて幼馴染だって!」 からかうような調子のクラスメイトにそう答えながら、千花は教室の入り口へ向かった。ひゅーひゅー仲良いねぇと冷やかしが入るのにも慣れた。他人の言動はいちいち気にしない。にゃんにゃんMIKO’sのオーディションを受けたことが広まって峰山巫女にゃんとかいうあだ名がついていたが、それも気にしない。千花はとても割り切った性格だった。 廊下で待っていた由春は何故か少し興奮ぎみだった。千花が教室から出ると、勢い込んで言う。 「千花っ、にゃんにゃんMIKO’sの内海透香が来てるよっ!!」 「ええっ!?」 千花が思いっきり顔をしかめたので、由春はびっくりしたようだ。そしてぶんぶんと首を横に振りながら一緒に両手も目の前にあげるて振る。 「い、いやっ、違うんだよっ。僕はにゃんにゃんMIKO’sの個人が好きなんじゃなくって、彼女たちがグループで表現する空間が好きなんであって……」 「そんなことはどーでもいいの」 ぴしゃりと千花に言われて、由春は見るからにしょんぼりした。 「どこにいたの?」 「裏門のほうだよ。何かの撮影かな? 大きなカメラを担いだ人と長いマイクを持った人もいたよ。さっきまで美術室にいたんだけど、そこの窓から見えたんだ。みんな大騒ぎだったよ」 見れば、徐々に他の生徒にも情報が入ってきたらしい。何人か教室を飛び出して廊下を走っていく。 こんな何の特徴も無い高校で撮影? 偶然とは思えない。クラスメイトたちもそう思ったらしく、千花は教室内から多くの視線を感じた。すでにこの学年では、にゃんにゃんMIKO’sと言えば峰山巫女にゃんなのだ。 この三日間、事務所から何度か携帯に電話がかかってきたが無視し、メールも開けずに削除していた。そろそろ別の子に話がいってるだろうと思っていたのだが、そうではなかったらしい。 ほどなく、三限目が始まるチャイムが鳴った。それじゃあ僕戻るね、と由春は帰っていく。 千花も教室に戻ろうとしたが、入り口付近に黒いモヤが漂っていたのでビクっと足を止めてしまった。そして、わざわざ遠いほうの入り口まで歩いて教室に入った。それを見てクラスメイトが何やらこそこそ話している。気にしない、気にしないが……こんな生活にしてくれやがった藤川社長が心底恨めしかった。 「ねぇ千花っ、にゃんにゃんMIKO’sが来てるらしいよ? もしかしてオーディションの敗者復活戦とかあるんじゃない?」 「そんなわけないよ。何か別の撮影で来てるんでしょ」 隣の席の子に答えたその言葉を、千花自身も信じたかった。 しかし、その願いも空しく、三限目が終わった昼休み。各自数グループに分かれ机を寄せて弁当を広げる教室に、それはやってきた。 「みなさ〜ん、こんにちは〜っ♪ にゃんにゃんMIKO’sですぅ。あなたのハートをお祓いしちゃうにゃん♪」 突然教室に入ってきてお約束の猫ポーズを決めたのは、巫女装束風衣装を着て白い猫耳猫尻尾をつけた少女――にゃんにゃんMIKO’sメンバーのひとり、内海透香だった。年齢はこのクラスの生徒よりひとつかふたつ上に見える。ふわふわウェーブのかかった長い黒髪を下ろし、色白でちょっとタレ目なおっとり系美少女だった。彼女の後ろにはマイクが付いた長い棒を持つ音声係と、大きなカメラを肩に担いで撮影しているカメラマンがいる。 内海透香は、教室見回して千花と目が合うと、アイドルスマイルでにっこり笑った。 「峰山千花さぁん。お食事中ごめんなさい。ちょっとお話しに来ました〜♪」 ざわざわざわっと教室中がどよめく。好奇心の塊のような視線が千花に集中する。千花は、弁当のおかずをつまんだ箸を空中で止めたまま、とんでもなく苦いものでも食べたかのような表情をして内海透香を見ていた。 「どういうつもりなのよっ、テレビカメラまでつれて来るなんて!」 場所を校舎の屋上に移して、千花は内海透香を問い詰めた。 まさかクラス中の注目を集めたまま黒いモヤの話なんてできるはずがない。ここに来るまでにも興味津々の生徒たちの一部が追ってきていたが、階段のところで音声係とカメラマンに見張りをしてもらい追い返してもらっている。 今、屋上にいるのは二人だけだ。 千花の剣幕を前にしても、内海透香はマイペース天然キャラを崩さない。おっとりした笑顔のまま、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてますわと、のんびりとした口調で答え、風に揺れる長い髪をかきあげた。 「大丈夫、あの人たちが持っている機材はダミーですの。私たちは、お仕事する時はこの衣装と決まってるのですけれど、この衣装は一人でいると目立ちますでしょう? だから私たちはいつも撮影係に扮したアシスタントさんを連れているのですわ」 「何? これからライブでもあるの? じゃあ、私なんか放っておいてさっさと行けばいいじゃない」 「千花さん、冷たいですわ〜。私の今日のお仕事は、千花さんを説得することですのよ。最初からそんな調子だと、困ってしまいますわぁ」 内海透香は胸の前で両手を組み、上目遣いで千花を見る。男子相手ならともかく、千花に対して猫耳巫女少女の可愛さをアピールしても効果あるはずがないではないか。千花は腰の横に手をあて冷めた目線で内海透香を見ていた。 「説得したって時間の無駄。早く他の子を探したら? あんなに沢山オーディションに来てたじゃない。繰り上げ合格して喜ぶ子はいっぱいいるでしょ?」 「誰でも黒いモヤが見えるようになるわけじゃありませんのよ。ただでさえ最近の女子高生は、巫女たるに相応しい清い身体を持つ人が少ないんですもの。その上、霊的な素質とそれなりにアイドルらしい容姿も必要となれば、本当にごく僅かな人数になってしまいますわ。千花さんは、とても貴重な存在ですの。神経も良い感じに図太くていらっしゃいますし」 「……今、さらりと馬鹿にしたわねっ?」 「いえいえ、褒めていますのよ? 私なんて口寄せの儀の後は、霞鬼が怖くて一週間ほど家から出られませんでした。半日で立ち直れるなんて、千花さんの神経の図太さは羨ましい限りですわ」 絶対に、馬鹿にしている。 千花は、ほややんとした微笑みを浮かべる内海透香のほっぺたを、おもいっきり左右にひっぱりたい衝動に駆られた。 私だって簡単に受け入れられたわけじゃない。黒いモヤは気味が悪いし、自分や近しい人が憑かれないかとても不安だ。ただ、悲観にくれて引きこもっても、周囲の状況が変わるわけではない。ならば今目の前にある現実に慣れようと、そう思っただけだ。 ――それを一般的に神経が図太いというのだという発想は、千花の頭には欠片も無かった。 「千花さんは、私たちにとって必要な存在ですわ。近頃、霞鬼が増えています。この学校でも五匹ほど見ました。……ほら、あれで六匹目」 そう言って、内海透香は視線を右方向の貯水タンクへ移す。つられて千花が見ると、そこには黒いモヤがひとつ、ゆらゆらと浮かんでいた。 黒いモヤは強い風が吹いても流れていく様子はない。かといって、自分の意思で動くようにも見えない。漂っているだけかと油断していると人や動物に憑いたりする。生気を喰らうというのだからある意味で生きているのだろうか。今までの千花の常識から逸脱した存在だった。 「霞鬼は昔からいたモノだそうですわ。霞鬼に憑かれるのは、風邪にかかるようなもの。別に大したことじゃありませんの。ただ、風邪も大流行すると困りますでしょう? 風邪ではなくてインフルエンザに進化してしまったら、尚のことですわよね。私たちにゃんにゃんMIKO’sは、それを防ごうとしているわけです。とっても良いことだと思いませんか?」 確かに、と、千花は思う。あんな気味の悪いモノはいないほうが良いに決まっている。それを退治するにゃんにゃんMIKO’sが、正しいことしているという事実を否定する気はない。 ただ、突然それをやれと言われてイエスと答えるほど、千花は正義感に溢れていなかった。 「……私は、別に風邪を治す医者になりたくてオーディションに参加したわけじゃない。こんなのって卑怯でしょ。事前に聞いてたのと全然違う仕事をやらせるなんて、詐欺よ。なら最初から鬼退治したいって子を集めれば良いのに」 「そっちのほうがよっぽど胡散臭いですわ。映画やドラマのオーディションなら良いでしょうけど、私たちはライブで歌いながらお仕事しますから」 「それがおかしいんでしょっ。そもそも、なんでアイドルじゃなきゃいけないわけ? 鬼退治に萌え萌えにゃんにゃんって歌う必要があるの?」 千花にとって黒いモヤの存在と同じぐらい理解できないのが、その退治方法だった。 あの銀の光矢を打ち出すために、猫耳つけてにゃんにゃん歌って踊ることが本当に必要なのだろうか。 内海透香は、千花の質問に少しも動じることなくにっこり微笑み、衣装の袖を振りながら答える。 「この衣装は特別に清められた糸で刺繍を施してありまして、霊的能力を底上げする効果がありますの。歌と踊りは、神楽(かぐら)の場を清浄にする効果を現代風にアレンジしたらしいですわ。私はとっても可愛いと思います」 「現代風ぅ……? どんなオタクがアレンジしたんだか」 「全て藤川社長が用意したものですわよ」 あの社長が。 内海透香がさらりと言った答えに、千花は衝撃を受けた。大人の色気とデキる女のオーラを一分の隙もなく身に纏ったあの藤川社長が、萌え萌え猫耳巫女趣味だというのか。ならば社長が巫女の格好をしていたのは、コスプレだとでもいうのか。 そんな千花の心の内はつゆ知らず、内海透香は続ける。 「千花さんも、きっと似合いますわ。アイドルとしてステージで歌って踊りたかったから、オーディションに応募したのでしょう? それにちょっと特殊な効果がついただけだと思えばいいですわ」 ちょっと特殊な効果? どこがちょっとだというのか。元々同じ立場だった癖に全然分かってない。千花は、別の世界を日常とする先輩アイドルを鋭い眼で見据えた。 「こんな面倒な生活送らなきゃいけなくされたのに、そっちの都合の良いように使われるなんて、気にいらない。見えるようになってしまったのは今更仕方ないけど、その原因を作ったヤツなんかに協力なんてしたくないっ」 なんだかすごく騙されている気がするのだ。社長の掌の上で踊らされている気がする。そんなのには、負けない。 千花は、冷たい微笑みを浮かべる悪の女王のような藤川社長を勝手に想像し、ひとり闘志を燃やした。 あらあら、困りましたわぁと、内海透香は初めて少し表情を曇らせる。 「千花さんのような方は、珍しいですわね。まぁ私もすぐに良いお返事いただけるとは思っていませんでしたし……今回はお話できただけでよしとします。また改めてお伺いします、にゃん♪」 「だから、もう来なくていいってば!」 決めポーズでウインクした内海透香は、千花の言葉を聞き流し、ステージを去るときのように笑顔で手を振りながら屋上の出口へ向かった。 その後姿を見ながら千花は、悪の女王藤川社長の指揮下にあるアイドル戦闘員というイメージを内海透香に重ね、ぐっとこぶしを握る。 (私の日常を奪う組織になんて、負けないんだからっ!) しかし、その対抗方法が『ただひたすら無視』になってしまうのがちょっとカッコ悪いな、と、思わないでもない千花だった。 千花が教室に戻ると、予想通りクラス中から質問攻めにあった。 とりあえず落選者インタビューの撮影ということにして適当に答えておいたが、内海透香はまた来ると言っていた。次もあの衣装で来るつもりなのだろうか。本気で迷惑だ。千花にとって黒いモヤの存在と同じぐらい迷惑だった。 授業が終わって、下校途中。千花はいつも通りクラスの友人たちと帰っていたのだが、由春が追ってきたので、友人たちは面白がって由春に千花を引き渡した。熱々カップルは羨ましいねぇなんて言葉に、照れているのは由春だけだ。 由春が追ってきた理由は当然、内海透香のことを聞くためだった。並んで歩きながら千花は、クラスメイトに話したのと同じ内容を説明する。 「――そうなんだ。落ちた後もインタビューがあるなんて、すごいなぁ。きっと千花は合格まであとちょっとだったんだよ。ほんと惜しかったね」 「……うん。そーだね……」 落ちていれば良かったのにと千花は心から思う。そうすればきっと良い思い出になったはずだった。 道は細い路地の住宅街に入り、十字路を曲がったところで千花は、数メートル先に黒いモヤがいるのを見つけた。千花は一瞬だけ足を止め、由春の袖を軽くひっぱってモヤのいない方へ向かう。 「千花?」 「えっと、こっちの道から帰らない? 良いよね?」 「うん、いいけど……」 千花がひっぱった方向に歩き出して、しばらく黙っていた由春だったが、言いにくそうに話し始めた。 「千花さ。最近ちょっと……おもしろい行動するよね? なんか、元気無いように見えるし。オーディションに落ちたせいだと思ってたけど……もしかして、別の悩みがあるの?」 「な、なに言ってんのよ。そんなこと――」 由春の心配そうな視線に、千花は口ごもってしまった。 これからずっと由春に嘘をつき続けるのか。ずっと後ろめたい気持ちを抱え続けなければいけないのか。 でも、正直に言っても信じてもらえるはずがない。自分だって、由春が同じこと言いだしたら、信じられなかっただろうと思う。 「……なんでもないよ。由春、考えすぎだって。ほら、いつもと違う歩き方とか、したくなることない?」 わざと明るく言って、千花は由春の前にまわり込み、くるりと後ろ向きに歩いた。 その時。 「ならいいんだけど」と、つぶやく由春の背後。 手を伸ばせば届きそうなところに、黒いモヤの姿があった。 千花は反射的にぐっと由春の手を引き、前方へと駆け出す。 「わわっ!?」 「ちょっと走ろっ」 そのまま二区画ほど走り、止まる。運動が苦手な由春は軽く息があがっていた。 「はぁ、はぁ、突然走りたくも、なったりするんだ?」 「そ、そうそう! たまにはいいでしょ?」 言いながら、千花はふり返り黒いモヤを確認する。モヤは意思を持って動くわけではないので、同じ場所を漂っているはずだった。 しかし何故だろう。さっきよりも前方に進んでいる気がする……いや、こうしている今も、確かにこちらに向かって移動してきている。 偶然? 違う。何かがおかしい。千花はじっと目を凝らして黒いモヤを見た。不定形のモヤに、うっすら濃い部分と薄い部分があるのが分かる。その濃淡は、墨絵のように見えた。それは江戸時代の絵巻物に描かれているような――鬼の絵に似ていた。 「――由春。家までかけっこしよ」 「えぇっ!?」 「いいから、行くよ!」 問答無用で由春の腕を掴み、駆け出す千花。よろけながらも走り出す由春。 家までは走って五分程度の距離だ。途中、へばりそうになる由春を激励しながら、千花は後ろをふり返った。黒いモヤの姿は見えない。ただ、どうしようもなく不安だった。 家の前に到着すると、由春は自分の家である喫茶店の入口に倒れるように座り込んだ。 「ち、千花、ちょっと、疲れたよ……」 「運動不足だよ」 言いながら、千花は何度も周囲を見回す。居ない。良かった……。ほっと胸を撫で下ろした。 あのモヤは、なんだったんだろう。黒いモヤにもいろいろ種類があるのだろうか。普通のモヤよりも、なんだか嫌な感じがした。モヤのことを霞鬼と言った社長を思い出す。あの鬼のような姿を指して、そういう名がついているのだろうか。 千花が考えていると、由春が座ったまま声をかけてきた。 「千花……何か、見えてるの?」 「えっ……」 「僕は、千花と赤ん坊の時から一緒にいるんだよ。今の千花を見ていると、そうとしか思えない」 あぁ、そうだ。千花は思う。 私は由春に隠し事ができた試しがなかったんだった。両親を除けば一番長く一緒の時間を過ごしてきた相手なのだ。辛いときも楽しいときも一緒にいて、ずっと私を見てきてくれた。 「……ごめんね、由春。私、実は――」 千花が話しだす。到底信じられないような黒いモヤとにゃんにゃんMIKO’sの話を、由春は口を挟まずに聞いてくれた。 「――でも、信じられないよね。どんな特撮ドラマの話だって思うよね」 ははっと半分笑いながら言った千花に、由春は首を振った。 「そんなことないよ。千花は冗談でそんな話するタイプじゃない。ほんと、大変なことになったね」 同情と心配があたたかく込められたその言葉に、千花はつい涙腺が緩みそうになってしまった。ほんとに、ほんとに大変なことに巻き込まれてしまっているのだ。分かってもらえて、信じてもらえて嬉しかった。でも、負けん気の強い千花は、泣いてなんてやるもんか、とおなかの底に力を入れて耐えた。 「ん。ありがと。私、がんばるから」 「うん。応援してるよ。鬼退治するアイドルなんて、すごいことだよっ。千花かっこいい!」 「…………え?」 話の繋がりが見えなくて、千花はぽかんと口をあけてしまった。 由春は立ち上がり、きらきらした目をして続ける。 「まさか、にゃんにゃんMIKO’sが世のため人のため、鬼退治をしてるなんて……僕は只者じゃないと思ってたよ! 歌って踊って戦えるアイドル!! すばらしい! 完璧だ!」 今まで近くにいると思っていた由春が、急にはるか彼方にいってしまったような距離を感じた。その距離を冷たい風が吹き抜ける。 確かに、にゃんにゃんMIKO’sと黒いモヤの説明をしただけで、自分がにゃんにゃんMIKO’sに協力したくないということは話していなかった。なんとなく分かってくれるものだと思っていたのだが、そうではなかったらしい。 全然、こころ通じてないじゃん。 誰よりも一緒にいて、誰よりも自分のことを知っていると感じてしまったのは、大いなる錯覚だったらしい。 千花はがっくりと喫茶店の立て看板に両手をつき項垂れた。 「えっ? 千花、どうしたの? 貧血? 大丈夫?」 きょとんとする由春に、千花は深く長い溜息をついて顔をあげた。 「あのねぇ、由春。私は……」 突然、千花は頭の後ろのほうでざわざわとした感覚を感じた。無意識に視線が南の方角――学校のある方向へ向く。 T字路の突き当たりのブロック塀、なんの変哲も無いそこから、染み出るように黒いモヤが現れた。古い掛け軸に描かれているようなその鬼と、千花は目が合った気がした。 「――っ、もう、なんなのよっ! 由春、逃げるよっ!」 「千花!? ま、待ってよぉ!」 駆け出す千花と由春だったが、千花は走りながらもどこに逃げれば良いのか全く分からなかった。 あの鬼は、明らかに自分たちを追ってきたようだ。そうとしか考えられない。あんなのに憑かれたらどうなるのか想像がつかなかった。普通の黒いモヤと同じように疲労感や不安感を感じる程度で済むとはとても思えない。 住宅街を抜け、駅前の商店街までやってきた。夕方の買い物客でにぎわうそこで、千花は足を止める。先程から由春が遅れがちになっていた。十五秒ほど待ってやっと追いついてきた由春は、千花の隣までくると、ぜーぜーと肩で息をしながら訊ねた。 「ち、千花……例の黒いモヤ、なんだよね? 追ってきてるやつ。退治、するの?」 そう言われて千花は、にゃんにゃんMIKO’sのプロモーションイベントを思い出す。歌とともに放たれる銀の光、それに射抜かれて霧散していった黒いモヤたち。 もう関わるのは嫌だったが、今はそんなことを言っている場合じゃない。自分だけでなく、由春の身も危ないのだ。 千花は携帯を取り出すと、着信履歴から藤川MMGの番号を探し出し、電話をかけた。出たのはおそらく事務員だろう女性の声だ。 「はい、こちら藤川MMGでございます」 「あの、すみません。にゃんにゃんMIKO’sの新人オーディションに合格した峰山千花です。藤川社長はいらっしゃいますか?」 「あぁ、峰山千花さんですね。ご連絡お待ちしておりました。少々お待ちください」 保留メロディーが流れる中、千花は周囲を見回した。まだあの鬼の姿は見えないが、いつ追いつかれるか分からない。早く、早く電話に出てよ、と、千花は携帯を握りなおす。 「もしもし、千花ちゃん? 待ってたわ。やっとにゃんにゃんMIKO’sになる決心をしてくれたのね」 やっと電話に出た藤川社長は、落ち着きのある美声に笑みを含ませて言った。内海透香の話のせいで千花の頭の中には、猫耳巫女好きヘンタイ悪の女首領というイメージが浮かんできてしまう。それを振り払いながら、千花は早口で言った。 「違うんです、社長。今、黒いモヤに追われていて……なんか、形があるんです。普通のモヤじゃないんです。どうすればいいですか? 教えてください!」 「落ち着いて、千花ちゃん。形があるって、鬼の形をしているの? 輪郭ははっきりしてる? 大きさは?」 「大きさは、小さな子供くらいです、歩き始めたくらいの。輪郭はもやもやしてます。墨絵みたいな感じで、でも鬼っぽい形してます」 「そう。霞鬼から小鬼に変化している途中のようね。大丈夫よ、まだ人を殺めるだけの力は無いわ。でも憑かれないほうがいいわね。高熱でうなされるぐらいは影響あると思うから」 「それって、全然大丈夫じゃないです!」 千花の焦りは電話口の向こうの社長には届かないらしい。藤川社長は終始落ち着いた声音で説明していたが、それが逆に千花をいらだたせた。 「追われてるんです! 逃げ続けろって言うんですか? むこうは壁もすり抜けるんですよ!」 「分かっているわ。透香ちゃんがまだ近くにいるはずだから、向かわせましょう。千花ちゃんの家に神棚はある? 近くに神社があればそれでも良いけれど」 あいにく千花の家にも由春の家にも神棚はなかったが、近くに小さな神社はあった。千花がそう伝えると、内海透香とそこで待ち合わせるようにと藤川社長は言った。 「神域に鬼は入れないわ。透香ちゃんが着くまで、そこで待っ――」 すぅっと、商店街の先から黒いモヤが近づいてくるのが見えた。はっと息をのんだ千花は由春を引っ張って走り出す。藤川社長の言葉が終わる前に、お願いしますと一言だけ言って、電話を切った。 内海透香の力を借りなければならないのは悔しかった。あのほややんとした笑顔で助けにくるのだろうか。自分が情けないと千花は思う。やり方が気に入らないから協力しない、と宣言した相手に、助けを求めなれければならないなんて。 自分の力でこの事態をなんとかできれば良かったのに、と思いながら、千花は走っていた。 住宅街のはずれにぽつんとあるその神社は、本当に小さな神社で、建物自体はおそらく六畳程度の大きさだろう。 千花と由春は、賽銭箱から少し離れた縁側に腰掛け、鳥居のむこうを見るともなく見ていた。 「本当に大変なんだね、千花。僕にはとても無理そうだよ」 「うん。……私、実はね、にゃんにゃんMIKO’sになるのを自分から辞退したんだ」 千花は、由春が驚いて疑問に思うだろうと覚悟して言ったのだが、予想に反して由春はゆっくり頷いた。 「そうだよね。僕には見えないけど、得体の知れないものに追われるなんて嫌だよね」 「え……分かってくれるんだ。由春なら、せっかくにゃんにゃんMIKO’sになれるのになんでって言うかと思ったのに」 「うーん。千花がにゃんにゃんMIKO’sになったらすごいと思うし応援するけど。それより、千花に危ないめにあってほしくないし、今日みたいな表情してほしくないから」 由春と真っ直ぐに視線がぶつかる。千花は自分の頬が赤くなるのを感じて、慌てて両手をあて、視線を逸らした。 「そ、そんなに変な表情してたかな」 「ずっと眉間にしわが寄ってた。千花らしくないよ。もっとこう、『黒いモヤになんて、負けないんだから!』っていうのが、千花らしいんじゃないかな?」 「そっか……そうだよね」 千花は指で眉間のあたりをさすりながら呟いた。 黒いモヤから逃げるだけなんて、確かに私らしくない。急に黒いモヤが見えるようにされて、鬼退治をしろと言われて、そんな強引なやり方に反発していたけど、それって意地になってただけなのかな、と千花は思った。 このまま黒いモヤへの対処法を知らず、由春や周りの人が憑かれても何もできず見てるだけなんて、嫌だった。自分が意地っ張りなせいで由春が鬼に憑かれて病気になってしまったら、きっと自分が許せないだろう。 「あああっ、内海透香だっ!!」 急に由春が立ち上がり、弾んだ声で叫んだ。見ると、鳥居の向こうから、ステージ衣装の内海透香がやってくる。その後ろにはカメラマンと音声係がついてきていた。 「お待たせしましたぁ。社長から話は聞きましたわ。小鬼に目をつけられるなんて、千花さん不運ですわね〜」 相変わらずのおっとり笑顔で言われ、千花はどうしてもカチンときてしまった。いけないと自分で思う。意地を張っている場合じゃない。敵は黒いモヤであって、にゃんにゃんMIKO’sじゃないんだ。 「内海透香さん! 初めまして! 僕、穂杖由春っていいます! いつもライブ見てます!」 「あらぁ、ありがとうございますにゃん♪ ファンの方の応援はとっても嬉しいですわ」 「さ、サイン貰ってもいいですか!? あっ、何も書くものないや……じゃ、じゃあ握手してもらっても……!」 「――そんなことしてる場合じゃないでしょっ!!」 千花は由春の腕を強く掴んで引き、内海透香との間に割って入った。 だめだ、やっぱりにゃんにゃんMIKO’s気に入らない。いやでも今は彼女に頼るしかない。千花の内側で二つの思考がつばぜり合いをする。 そんな千花の思いを知ってか知らずか、内海透香はにっこりと笑顔で言った。 「そうですわね。今は小鬼を退治するのが先決ですわ。さぁ、千花さん。衣装に着替えてきてくださいな」 「……は?」 内海透香の言葉に、思わず聞き返す千花。音声係(に扮したアシスタントだそうだ)が鞄の中からきれいに畳まれたにゃんにゃんMIKO’sの衣装を取り出し、千花に差し出した。 「え……私もやるの? 全然何も教わってないんだけど……」 「問題ありませんわ。オーディションの課題曲になってますから、合格した千花さんなら歌も踊りも完璧なはずです。さぁ、神社の裏手ででも着替えていらして。あ、由春くん、覗いちゃダメですわよ♪」 「の、のぞくなんてそんなっ」 顔を真っ赤にしてぶんぶんと横に振る由春をよそに、千花は衣装から視線を外さず悩んでいた。 にゃんにゃんMIKO’sとして黒いモヤを退治する。それは藤川社長の思う通りになってしまうようで嫌だったが、黒いモヤに対抗できる手段を得ることができるのだ。 黒いモヤが見えるようになってしまったことは、もう変えられない現実で。その現実を生きていくために、黒いモヤへの対抗手段は必要だった。意思を持って追ってくるような鬼がいる以上、無視するだけでは足りない。 千花は衣装に手を伸ばして受け取った。なめらかで柔らかい生地の衣装を、きゅっと両手で抱える。 私は鬼を退治する。由春を守れる力を手に入れる。もう、逃げ回ったりしないんだから! 「うっわぁぁっ!! すっごく似合ってるよ、千花!!」 「そ、そう?」 神社の裏で着替えてきた千花は、歓声をあげる由春の前で、照れながらもくるりと一回転してみせた。 やっぱりアイドルそのものをやるのは悪くない。千花は少し顔がにやけてしまうのを感じた。 「えぇ、とってもお似合いですわ。では、参りましょうか。鳥居の外に出れば、向こうからやってくるでしょうから」 内海透香の言葉に千花は表情を改める。これから鬼を退治する。想像がつかなかった。オーディションのために歌と踊りは何度も練習したが、イベントで見たようなことが実際に起こるなんて今でも信じられなかった。 神社の鳥居を出ると、そこは住宅街のはずれ。人通りはほとんどなく、たまに子供の遊ぶ声が聞こえる程度だ。 カメラマンが撮影のふりをする傍で、内海透香と千花は横に並ぶ。 「曲は『恋する子猫の昼下がり』です。鬼が見えたら、精神を統一してください。場の霊気を踊りで集めて、歌とともに放つイメージです。では……ミュージック・スタート、にゃん♪」 音声係がポータブルプレイヤーで音楽を流し始める。前奏部分から千花は難なく体を動かすことができた。振り付けは完璧に憶えたはずだった。リズムに合わせて左右に動きながら、猫耳カチューシャの横でグーにした手を曲げポーズをとる。 「♪〜にゃん、にゃんっ、あなたにぃ〜、届けこの想いぃ〜♪ お昼寝するぅのも〜、にゃん♪ あなたーの夢みぃるため〜」 少し離れたところで、由春が腕を大きくふりながら合いの手を入れている。 そして、現れた。 あの鬼の姿を半分崩したような黒いモヤが、ゆっくりと近づいてくる。 それから視線をはなせなくて、千花は歌が喉から出てこなくなってしまった。かろうじて体だけは動かし続けるが、曲が頭に入ってこない。 「千花ーっ、がんばれー!」 由春の応援が聞こえる。そうだ、がんばらなきゃ。由春を鬼から守るんだ。由春との練習を思い出し、千花は意識を集中した。 何故か曲ははっきり聞こえているのに、その後ろにしんとした静寂を肌で感じる。早朝の冷たい空気のような、澄んだ感覚だ。 「♪〜にゃんにゃん、子猫の〜昼下がりぃ〜、きっとあなたとぉ〜、ずぅっと一緒にぃ〜♪」 千花は、くるりと回転する時に、体の周囲に何か空気の層のようなものがあるのを感じた。 腕を前にあげる時、千花はそれをはっきり見ることができた……銀の薄い光の膜。それが自分と、隣で踊る内海透香のまわりを包んでいる。 「♪〜夢のぉ中で〜もぉ、愛してるぅにゃん♪」 千花と内海透香がウィンクしながら右手を前に突き出した。千花は、ふわっと風ではない空気の流れを感じ、そして銀色の光が真っ直ぐ黒いモヤへ放たれるのを見た。 銀色の光に触れた黒いモヤは、ぐにゃりと鬼の形を崩し、なんの音もなく霧のように空気に散っていく。 「わぁぁっ、すごく良かったよ! 最高! にゃんにゃんMIKO’sは僕らの希望!」 曲が終わって、由春は拍手をしながら飛び跳ねていた。 千花は黒いモヤが消えた空間を力の抜けた表情で見ていたが、そんな由春に視線を移すと、笑みを広げて右手を猫の手にしたポーズをとってみせた。 日曜日の遊園地には数多くの親子連れが来ていたが、野外ステージ前には普段は見慣れぬ男性の集団が陣取っていた。 「今日のケーキは和栗のモンブランだよ。中のホイップクリームは甘さを抑えてさっぱりと、上のマロンクリームはなめらかで濃厚に仕上げてあるよ」 「ありがとう。ライブが終わったら食べるね」 控え室前の通路で、衣装を来た千花は由春からケーキの箱を受け取った。 「六個しか作ってこなかったんだけど、足りるかな?」 「うーん、今日は八人いるから、ちょっと足りないかも。まぁ、ダイエット中とか言ってる子もいるし、問題ないんじゃない?」 「……ちなみに、控え室に挨拶しに行ったりは、できない……よね?」 性懲りもなくメンバーに会いたがるアイドルオタクを、千花は半眼で睨んだ。 「何よ、私がいるでしょっ? 文句あるのっ?」 それを聞いた由春は、何故か耳まで顔を真っ赤にして片手で頭の後ろをかいた。 「いやっ、た、確かに、僕には千花がいるけど……っ」 「ちょ、ちょっと! べ、別にそういう意味じゃっ!?」 二人して顔を真っ赤にしてうろたえているところに、控え室からマネージャーが声をかけてきた。 「千花さーん、そろそろ時間ですよー」 「はーいっ。それじゃあ、私、行くねっ」 「あ、うん。がんばってね!」 控え室にケーキを置き、ステージへ向かう千花。赤くなっていた頬に軽くふれてみる。 舞台袖から見る観客席には黒いモヤが幾つも浮いていたが、千花はもう怖がらなかった。 司会者の合図が聞こえる。アップテンポの音楽と眩しいスポットライトの中、千花はメンバーたちと一緒にステージ中央へと駆けていった。 ― 巫女にゃん! 終― |
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