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雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ 1 「黒竜の守護する国」



(2)不思議な店主

「住み込みなら、部屋を用意しなくっちゃね。ちょっと待ってて。店の品物とか、見ててくれて構わないから」
 店主のティナは、そう言い残すと階段を上がっていった。
 リームはまだ少し緊張した面持ちでその背を見送り、店主の姿が見えなくなると少しずつ店内の商品を眺めはじめた。ほうきがひとつ銅貨3枚。普通の値段だ。キラキラした銀の細工と赤い宝石のようなものがついた髪飾りに金貨10枚と値札がついているのは、普通の値段なのかどうなのか想像もつかない。というか、そんなものが鍋やらほうきやらと一緒に並んでて良いのだろうか。
 しばらくすると、2階からガタンッゴトンッと何かを動かす物音が聞こえ始めた。
 ああ、部屋を用意してくれてるんだな〜と思っていたのだが、バキバキバキッという破壊音やら、ズシンッという重い音やら、パシュンッ!という破裂音やら、部屋の模様替えにしてはあり得ない物音が聞こえてくるのは何故だろうか。
 ――いっそ今のうちに逃げてしまったほうが身の安全のためではなかろうか。そんな考えがリームの脳裏をよぎったが、幼いながらの決意と覚悟でそれをぶんぶんと振り払う。
「おまたせ〜、どうぞ、まだ必要最低限のものしかないけど、何か足りないものがあったら気軽に言ってね」
 リームの不安をまったく想像もしていないのだろう、心底明るい笑顔でティナが下りてきた。リームは葛藤を見透かされまいと、ありがとうございますーと乾いた笑顔を浮かべ、案内されるままに2階へと上がっていったのだった。


 雑貨屋の2階には部屋が2つあった。階段を上がって廊下の突きあたりが店主のティナの部屋、右の扉がリームの部屋になるらしい。
 ティナがリームの部屋の扉を開くと、中には清潔なシーツのかかったベッド、3段の棚とカゴ、小さな書き物机まであった。自分のものを提供してくれたのか、それとも売り物だったのだろうか。急に住み込みが決まったにしては揃いすぎている感じがした。壁から天井までぐるりと見回しても、何か爆発した痕跡は見あたらない。噂の閃光やさっきの音はなんだったんだろうと、どうしても思ってしまう。
「あと、私の部屋には立ち入り禁止でお願いね。まぁ鍵かかってるから入れないと思うけど。用事があったらノックするより、呼び鈴を鳴らして。あれ、魔法具だから、コレとつながってるの」
 ティナが示したのは片耳のイヤリングだった。よく見ると呼び鈴と似たような装飾が施してある。
「店主さんは魔法士なんですか?」
「ティナでいいよ。ま、ちょっと魔法の心得があるのは確かね。……逆に聞くけど、リームって魔法士に追われるおぼえはあるの?」
「えっ!?」
 驚くリームをよそに、ティナは開いている木窓の外に視線を向けた。ヂヂッと小さな音が聞こえて、窓の外に手のひらぐらいの大きさの光球が浮かぶ。ティナが窓に近づくと、その光の球はフッと消えてしまった。
「あ、逃げられた。んー、まぁリームが身におぼえがないなら、私の関係者かもしれないし? あんまり気にしなくていーわよ」
「そうですか……」
 身におぼえがないわけでもないリームは、曖昧にうなずくしかなかった。
 魔法士を雇ってまで自分を追うような相手なのだろうか? よく分からない。正直、相手のことをまったく知らないままに逃げてきたのだから。
 そんなリームの様子に気づいているのかいないのか、ティナは荷物を置いたら下に来てねと言うと、先に店に下りていった。
 リームは自分に用意された部屋の窓から外を眺める。通りとは逆側の、裏口に面した小さな庭と小道が見える。穏やかな春の街並み――魔法の影は見えないし、あったとしても リームに見るすべはないのだった。



「やってほしいのは、とにかく店番ね。値段は商品につけてあるし、適当にオマケしてあげてもいいから。さっきみたいに返品のお客さんが来たら、お金返してあげて。それでも店主を呼べっていうようだったら呼び鈴鳴らしてちょうだい」
 店に下りてきたリームは、ティナの説明を聞きながら、なんとなくカウンター下をちらりと見てみた。壺は見あたらない。リームが2階にいる間に片付けたのだろうか。
「あの、それで、結局さっきの壷って、魔法道具だったんですか?」
「うーん、魔法道具というか……不良品?」
 不良品で壷に入れたものが消えたりするのだろうか。
 突っ込んで聞いてもこのマイペースな店主から納得できる答えは返ってきそうになかったので、リームはとりあえず聞かないことにした。
「読み書きと計算はできるんだったよね? 計算器もここにあるから。お金はここにしまって。他に何か分からないことはある?」
「ええと、触ったら危ないモノとか、ありますか?」
「武器とか刃物とか……あとはない、はずよ」
 ないはずって何、はずって!
 不安そうなリームに、ティナは天然全開の明るい笑顔で力強く言った。
「大丈夫だよ!」と。


 こうしてティナは2階へ上がり、店にはリームひとりが残された。一体ティナは2階で何をやっているのだろう? 特に上から物音は聞こえない。通りを歩く人の足音、たまに通る馬車の音、そんな音だけが狭い雑貨屋に響く。
 カウンターの内側の椅子に腰掛けて計算器をいじってみたり、店内をぐるっとまわって目に付いた品物をおそるおそる触ってみたり。
 リームが雑貨屋に着いたのは昼過ぎだったのだが――結局、その日はそれから1人も客は来なかったのだった。
「お疲れ様、リーム。そろそろ店仕舞いにしましょ」
「はい。えーと、お客さんは来なかったです」
「そっかー。暇なのよねぇ、困ったことに」
 2階から下りてきたティナは、ゆるく首を振りながら溜息をついた。そのままカウンター脇から店の入口へむかい、窓と入口の扉を閉めると、魔法の明かりを1つ残して消した。
「いつもこんな感じだから、何か暇つぶしを考えておくといいかもね。本は好き? 今度、貸本屋案内してあげよっか」
「あ、はい、ありがとうございます」
「お腹空いたでしょ。ご飯用意するね」
「わ、私も手伝います!」
「あー、いや、今日はいいよ。また明日からお願いしようかな。ちょっと待っててね」
 そう言うと、ティナは裏口のむこうの台所に行き、しばらくしてから野菜と腸詰を挟んだパン、キノコと卵のスープ、ミルクを2人分持ってきてカウンターに置いた。店が暇だというのに、わりと良い夕食だ。まぁ店に置いてあるアクセサリーのひとつが値札通りの値段で売れたなら、数ヶ月食うに困らないだろうけれど。
 カウンターに並べた椅子に座った後、いただきますとすぐに食事を始めようとするティナに、お祈りの体勢に入っていたリームは小首をかしげて聞いた。
「……あ、えと、食事前のお祈りはしないんですか?」
「あぁ、えーと……ほら、私、ライゼール国出身なのよ。精霊派<エレメンツ>なの」
「あ、なるほど、すみません」
 クロムベルク王国は真神派<フォーシーズ>が多数を占める。が、先王が光神派<エンジェラス>であったことや、王妃が来てから竜神派<ドラニーズ>が増えたこともあり、宗教の違いにはとても寛容だった。
 なので、完全な真神派の環境で育ったリームもティナの言葉にすぐ納得し、自身はいつも通り祈りの言葉を済ませて食事を始める。そんなリームの横でティナは何故か微妙に居心地悪そうにしていた。
 二言三言たわいもない会話をするうちに、リームの緊張もだいぶ解けてきた。にこにこと明るく気さくなティナは、年齢もそう離れていないこともあって、近所の優しいお姉さんのように親しみやすい。なのでリームは、つい気になっていたことを聞いてしまった。
「あの。噂なんですけど……ここで買った鉄鍋が溶けたって聞いて」
「あー、そんなこともあったねぇ」
「窓辺に置いてあった置物が蒸発したとか」
「そうそう。日に当たるとダメだったらしいの」
「…………」
 こともなげに肯定する店主に、リームは現実逃避したくなってしまった。
「いやあ、これでも私、この店がヘンだって自覚はあるのよ」
「あるんですか!?」
「うん。ヘンじゃなくなるのが目的のひとつだし。でも今現在ヘンであるのは事実なんだから仕方がないじゃない? リームもあまり気にしないで」
 それは無理です、と即答しそうになったが、それじゃあ雇えないな、と言われてしまえば路頭に迷ってしまう。
 がんばって気にしないように努めるしかないのだ。大丈夫、とりあえずのところ危険はなさそうだし、本人もヘンじゃなくなりたいって思ってるわけだから、きっと少しずつヘンじゃなくなってくれる……と、いいな……。
「がんばります……」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
 ため息をつかないように気をつけながら言った言葉に、この店主は分かっているのかいないのか、何の屈託もなくにっこりと笑う。その笑顔を見る限り、悪いひとではなさそうなことだけが唯一の救いだった。

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