文字サイズ変更:雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ 4 「精霊に見守られたお茶会」(4)『不思議』な猫の置物 閑古鳥が鳴くことは分かっていても、開店時間はやってくる。リームは今日も魔法語教本と共に店番だ。 ふと顔をあげると、通りに面した窓から小鳥が入ってきた。地味な茶色のどこにでもいる小鳥で、リームには別の意味でよく見憶えがあった。 「あれ? 腹黒オジサンの鳥だ」 次回のことかな? と思いながら、リームが手を伸ばすと、いつものように小鳥はその手にとまった。 『よう、リーム。勉強は進んでいるか?』 少しくぐもったように聞こえる声。遠距離通話は風のフィードを介して行うらしいが、リームにはまだその仕組みは理解できない。 「もちろんです。次もミハレットには負けませんよ」 『ふふふ、ミハレットのやつもかなり必死でやってるからな、油断はできないぞ。ところで、ティナ・ライヴァートはいるか?』 「いえ、今居ないんです。ティナに用事ですか?」 『あぁ。いや、急ぎじゃないんだ。では、これを渡しておいてくれ。よろしくな』 そう言うと、茶色い小鳥は光を発しながら封書に姿を変えた。宛名はティナ・ライヴァート殿となっている。 一体、何をどうしたら封書を小鳥に見せることができるのだろう。1本の糸を見せられても洋服の形が想像できないように、間違いなくフィードで形作られているはずの魔法は、その根本と完成型の距離が複雑で遠くて……リームは封書をひっくり返したり透かしてみたりして、暇な店番の時間をつぶしていた。 それから数刻経って(もちろん客は一人も来なかった)、ティナが階段をおりてきた。 「リーム、そろそろ昼ご飯にしよっか」 「あ、ティナ。少し前にオジサンから手紙が届きましたよ」 「手紙? 私に? なんだろ」 ティナが封を開けて手紙を読む。しかし内容を読んでも、ティナはどこか不思議そうな表情のままだった。 「んー、よく分かんないな。でも、とりあえず行ってあげようかなー、いろいろ世話になってるし……。リーム、私、ご飯食べたらラングリーんとこ行ってくるね。店番お願いできる?」 「はい、もちろんです。それが私のお仕事ですから。何をしに行くんですか?」 リームの疑問に、ティナはちょっと首を傾けて手紙をひらひらさせた。 「それが分からないんだよね。詳しいことは全然書いてないの。ま、話だけでも聞いてあげようかなと思って」 こうして昼ご飯を食べた後、ティナは出かけ、再びリームは店番を続けた。 ティナが呼ばれたのは、以前の地下魔法陣での魔法のことかな? とリームは思う。見上げるほど巨大な光る石を思い出す。フィードを見ておけば良かったと今になって思うけれど、あの時はまだその発想がなかった。あの時、ティナが現れたのは、あれが例の『巻物』に関連した魔法だったからだろうか。 結局あれは何だったんですか?と聞いたことはあるが、リームにはまだ難しい魔法だから、もうちょっと魔法のこと分かるようになってから教えてあげるね、と言われてしまった。確かに、今聞いても全然分からない気がする。 もっともっと勉強して、早く一人前の魔法士にならないと、『青』なんてさらにその先の先なのだから。 ティナが帰ってきたのは七の刻だった。雑貨屋はすでに閉店しており、リームは夕食の準備を終えて魔法語教本を読んでいた。 「ただいまー」 「おかえりなさい、ティナ。おじさん、何の用事だったんですか?」 リームが尋ねる。ティナはとっても楽しそうな笑顔だ。 「うん、新しい魔法陣の試験を手伝ってきたって感じかな。いやぁ、やっぱりラングリーってすごいね。私も魔法に詳しい知り合い多いけど、技術力では全然負けてない」 気に食わない腹黒宮廷魔法士を手放しに褒められて、リームはあまり素直に喜べなかった。 本来ならば、魔法を教えてもらうにしても『青』に推薦してもらうにしても、師匠が有能な魔法士であることはありがたいはずなのだが、根本的に気に食わないという感覚はどうしても拭えない。人を小馬鹿にしたようなにやにや笑いが脳裏にちらつく。 「へぇ……それって例えば、王妃様みたいな竜族とかと比べてもですか?」 なんとなく冷たい言い方になってしまった。しかしティナは気づいていないようだ。少し興奮ぎみの弾む笑顔で応える。 「そうね。竜族って物理的な力も魔法的な力もすっごいけど、だからこそ小手先の技術でなんとかしようって発想がないみたいなんだよね。それは精霊族や妖精族もそう。あのへんは呪文なんか使わなくても自分の属性に応じたフィードが扱えるから、魔法を使うこと自体滅多にないし。光族は音楽にしか興味ないし、闇族は武術にしか興味ないし」 「……って、ティナ、どんだけ知り合いがいるんですかっ?」 「いやまぁ、いろいろあってね。あっ、夕食できてるんだ。ありがと」 ティナがカウンターの椅子についたので、リームもそれに並んだ。 宮廷魔法士と高度な魔法技術について語り合え、様々な種族の知り合いがいて、見た目通りの年齢じゃなさそうな雑貨屋店主。でも、リームにとっては恩人で仲間で家族だ。 「心配しなくても、私はティナが人間じゃなくったって気にしませんよ」 「んふふ、ありがと。でも私は人間だよ、一応ね」 「一応……?」 疑問符を浮かべるリームを見て、ティナはニヤっと笑った。 「私も、リームが宮廷魔法士の娘でも、公爵家のお姫様の娘でも、気にしないよ」 「娘 じ ゃ な い ですっっ!!」 不思議な雑貨屋ラヴェル・ヴィアータに、今日も楽しげな笑い声が響く。 ティナとリームにとっては、不思議でも奇妙でもない、普通の日常だった。 秋晴れの昼下がり。通りに面した雑貨屋の窓から、リームより一、二歳小さな少年が数人、こそこそと店内を覗いていた。 初めてのことではない。とんでもないものが売られているという怪しい雑貨屋ラヴェル・ヴィアータは、レンラームに住む少年達にとって、ちょっとした肝試しスポットでもあった。 「早く行けよ」「分かってるって」などとやり取りが聞こえた後、一人の少年がそぅっと入口から入ってきた。 「いらっしゃいませ?」 カウンターの椅子に座って魔法語教本を読んでいたリームが声をかける。緊張で無表情になっている少年は、口の端を持ちあげてなんとか愛想笑いをしようとしているようだった。そろそろと足元が崩れないか確かめるかのような足取りで店内を進む少年。テーブルや棚に並ぶ商品を得体のしれないものを見るような目で見ている――まぁ中には確かに得体のしれないものも混ざっている訳だが。 リームのいるカウンターの前までくると、少年は入口のほうを振り返った。入口とその隣の窓からは、他の少年達が目で急かしている。少年はごくっとつばを飲み込んで、リームに話しかけた。 「あ、あの……銅貨三枚で買えるもの……なんでもいいんで……」 「銅貨三枚? あったかなぁ……ちょっと待ってね」 遊び半分でも、お客様はお客様。リームは魔法語教本を閉じると、カウンター横から店内に出た。 銅貨三枚というと、屋台の揚げドーナツひとつくらいの値段だ。装飾品はもちろん、鍋や食器などの生活用品にも足りない。値札を見ながらリームが店内を一周する間、少年はカウンターの前に立ったまま、視線でリームを追っていた。 「あ、あった。これなんかどう?」 リームが見つけたのは、親指ほどの小さな猫の置物だった。黄褐色の粘土を焼いたような質感で、かなりデフォルメされた形だ。座っているものや寝転んでるものなど色々ある。あまり上手い出来ではないが、銅貨三枚だとこれくらいだろう。 「うん、なんでもいい……」 「色々あるから選ぶといいよ」 少年はおそるおそるリームに近づいて、棚に並んでいる小さな猫の置物を眺めた。ほどなく、座っている一匹に手を伸ばす。 「ニャー」 「わぁっ!?」 「えっ!?」 驚いた少年は猫の置物から手を離し、こぼれ落ちた置物は店の床へと落下する。 あぁ、割れる! しかし、置物はカッ!と音を立てて石の床にぶつかっただけで、割れずにそのまま転がった。 少年とリームの視線に晒されて、転がった猫の置物はただ沈黙するのみ。 「……い、今、な、鳴いた……」 「うん……」 リームは棚に残る別の猫の置物にそっと触れた。 ――何も起こらない。 意を決して、床に転がったほうの置物に手を伸ばす。 「ニャーン」 「ああああやっぱり呪いの猫人形っ!?」 「うわあああっ!!」「呪われた! テッドが呪われた!」「逃げろぉぉ!!」 店の入口で様子を見ていた少年達が一斉に逃げ出す。 「ま、待ってよぉぉっ!!」 店の中にいた少年も、命からがら逃げ出すように店を駆け出していった。 静けさだけが残された店内に、ぽつんと一人立つリーム。 自分の手にある猫の置物をもう一度見た。ひっくり返して全面を確認する。魔法文字は見あたらない。動く様子はない。置物の頭を指先でなでた。 「ゥニャアー」 鳴いた。 いや、鳴き声がするだけで、置物の口元が動いたりする様子はない。溶ける鉄鍋、踊るホウキと同様の、不思議な雑貨屋の『不思議』が発現してしまったようだ。 少年にはちょっと可哀相なことをしてまったな。リームはそう思いながら、鳴く猫の置物を持ってカウンターに戻った。 ティナが魔法で作っているという雑貨屋の商品――そしてたまにある失敗作。魔法で品物を作るというのは、どうやっているのだろう。例えば、この猫の置物だと、粘土から猫の形を作るのは自分の手でやったほうが早いように思う。焼きあげる工程を魔法でやってるのだろうか? あとは粘土の質や色を魔法で調整しているとか……? リームは目を閉じて精神を集中し、感覚を広げた。周囲のフィードを感じとる。猫の置物のフィードはごく淡い黄色で、普通の土や陶器と比べて何も変わりはない。リームは目を閉じて集中を維持したまま、そっと猫の置物に触れた。ニャアと鳴き声が聞こえる。フィードに変化はない。何か魔法が発動したようにはまったく見えなかった。ただ、自分が未熟だから感じ取れないだけかもしれないけれど……。 そんなふうにリームが猫の置物を観察していると、二階から扉の開閉する音と足音が聞こえた。ティナが帰ってきたのだ。ティナの部屋は結界が張られているらしく、フィードの流れが遮断されていて、空間移動の魔法の際に発生する紫色のフィードが見えない。 「おかえりなさい、ティナ」 ティナが階段を下りてくるのを見ながら、リームは言った。 「うん、ただいま」 応じるティナを見て、リームはあれと思った。なんだか元気がない。表情はいつも通り微笑んでいるが、なんとなくいつもと雰囲気が違う。 「ん? その猫の置物、気にいった? あんまり可愛くないかなと思ってたんだけど」 リームの手元を見ながら言うティナ。いつも通りと言えばいつも通り。少し声に元気がないだけだ。ちょっと体調でも悪いのかな?とリームは思った。あるいは、出かけた先で何かあったのだろうか。いつもティナが出かける時に何をしに行くのかとはいちいち聞かないが、たまに聞いた時には友人に会いに行くという返答が多かった気がする。 「いえ、この猫の置物がですね」 リームはちょいちょいと指先で猫の置物をつつく。 「ニャーン」 「うわあ、鳴いちゃうんだ。これはよくないね」 「どうやって作ったら鳴くようになるんですか?」 「それが分ってたら失敗しないよ」 ティナはため息をついて、猫の置物を手に取った。ニャーと手の中で鳴く置物をじっと見る。 「……そーですか。難しいですね」 ぽつりとつぶやいたそれは明らかにリームに向けられた言葉ではなく、リームは首をかしげた。 「ティナ?」 「あ、ううん。なんでもないの。見つけてくれてありがとね。片づけとくわ」 「はい……ティナ、なんだか元気ないですね? 何かあったんですか?」 「えっ、そ、そう? そんなことないけど」 「じゃあ心配事でもあるとか」 「いや、そんな……」 視線をナナメ下にさまよわせて、しかし頭の霧を振り払うように軽く首をふると、ティナはにっこりと強気の笑みをリームに向けた。 「大丈夫、心配しないで。いろいろと気にしないのが私の良い所なんだった。うん。世の中なるようになるもんよね。ならないんだったらするしっ。さって、晩御飯の準備でもしよっか」 よく分からないが、ティナの中で何か整理がついたのだろう、元気になってくれたことにリームは嬉しく思った。 ティナが『気にしない』ことにした事柄を、もしラングリーが知ったなら、またしても長い長いため息をつくだろうことをリームは知る由もなかった。 |
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