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雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ 4 「精霊に見守られたお茶会」



(1)初秋のお茶会

「ああああああ、なんて素敵なの……っ!!! とっても似合うわ、リームっっっ!!!」
 予想通り号泣する人形のように可愛らしい姫君に、リームはもう慣れたもので、ありがとうございますと一言だけ言うと侍女が勧めるままにお茶会のテーブルについた。
 カップに注がれた香りの良いお茶に口をつけながら、侍女たちがフローラ姫にハンカチを渡したり飲物を差し出したりして落ち着かせるのを見守る。手慣れてるなぁ、ハンカチ何枚用意してるんだろう……などとぼんやり考えたりして。
 すっかり風も涼しくなり、中庭にはバラも咲き始めてきた初秋の晴れの日。夏の暑い時期は日差しを避けてストゥルベル城の屋内で開かれていたお茶会だったが、今回のお茶会は庭で開かれていた。
 前回のお茶会で、リームがミハレットにローブを貰った話をぽろっとしたところ、是非着てきてほしいと泣いて頼まれたのだった。普通に話している間も半分くらいは泣いているフローラ姫なので、涙ながらに頼まれたところで今更……と、実際目の前にするまでは思っていたのだが、いざ真っ向から断わろうとするとどうにも気が引けてしまい、結局着てくるはめになってしまった。
「ご、ごめんなさいね……あんまり素敵だったものだから……うううっ、リーム立派になって……っ」
「いえ、まだ魔法のひとつも教えてもらってないですから」
 クロムベルク城の地下魔法陣での件があってから、まだラングリーの塔には行っていない。次の予定は明後日だ。
 うまいことミハレットが試練のこと忘れててくれたりしないかなーと淡い期待を抱いてたりするが、あれに限ってそんなことはないだろう。リームはこっそりため息をついた。
「あぁ、そういえばミハレットくんに弟子として認められるまでは、教えてもらえないのだったわね……魔法士になるのって大変なのね……ミハレットくんもラングリーの弟子になる時は、なんだか大変そうだったわ」
 それについてはミハレット自身からも聞いたことがあった。なんでも何度か死にかけたとか……本人の話なので誇大しているんだろうと思っていたが、城の使用人たちからも似たような話を聞くので、本当に死にかけたらしい。むしろラングリーが半殺しにしたらしい。それでも全力でラングリーに心酔するミハレットの思考回路は本当に理解できなかった。
「でも、ミハレットくんはとっても良い子よね。ブルダイヌ家とは昔からお付き合いがあるから、小さい頃から知っているのよ。舞踏会でも妹さんたちの面倒をよくみてたわ」
 良 い 子 。アレが?
 そう思わずにはいられなかったが、きっと師匠と関係のない、普通の貴族としての付き合いの中では良い子なのだろう。使用人たちからも慕われているようだし、時々城で出会う貴族たちとも親しげに話していた。
 ブルダイヌ家はクロムベルク王国の建国当時から存在する由緒正しい大貴族で、公爵家であるストゥルベル家と並ぶほどの規模なんだそうだ。そこまでは以前聞いていたが、初耳だったのはミハレットの兄妹のことだ。
「ミハレットって妹がいるんですか?」
「えぇ。十人兄弟だったはずよ。ミハレットくんは六番目の子だったかしら……えぇと、お兄さんが三人、お姉さんが二人、あと弟さんが一人に妹さんが三人ね」
 お兄さん二人はご結婚なさってて、お姉さんの一人は外国に嫁がれて……と、すらすらと言うフローラ姫にリームは目をまるくした。
「よく知っていますね」
「ふふ、社交界で会う相手のことを知っておくのがお仕事のようなものなの」
 少しはにかんだように微笑むフローラ姫は、どこから見ても純粋無垢な美少女だった。
「でも十人も兄弟がいたらきっとにぎやかでしょうねぇ。私は妹と二人きりだったから」
 孤児院で育ったリームはそのにぎやかさを想像することができたが、やはり貴族となると子供の頃から貴族らしくふるまうように教育されているのだろうか。おっとりゆったりした立ち振る舞いのフローラ姫を見ているとそうなんじゃないかなと思えてくる。でも、ミハレットはそうでもないか……。
 そんなことを考えていると、フローラ姫がなんだかそわそわしているようだった。侍女から渡されたハンカチのふちを意味なく整えたりしている。
「フローラ姫、どうかしましたか?」
 自然が呼んでるのなら気にしないで行ってくればいいのに、って、どう伝えよう……と思っていると。
「あ、あのね、リーム……急にこんなこと言うのもなんだけど……その、リームは弟や妹ができたら、どう思うかしら……?」
「……………はぁっ!? いるんですかっ!?」
 ガタッと椅子を蹴って立ち上がってしまい、フローラ姫はびくっと身を引いて、今にも泣きそうに目をうるうるとさせる。リームは慌てて両手をふった。
「ごめんなさい、そういうつもりじゃないんです。泣かないでください」
「い、いいのよ……そうよね、リームを孤児院に預けて親としての責任を放棄したのに、もうひとりだなんて酷い話よね……うううっ」
「あの。それで、いるんですか、いないんですか」
 ピノ・ドミア神殿にそれらしい子はいただろうか。リームは自分の記憶をたどる。あるいは、今お腹の中に……? さめざめと泣き始めるフローラ姫の腹部をなんとなく見ながらリームは思った。見た目に変化はないが、もしかしているんだろうか。弟か妹。間違いなく父親はアレ。また神殿の孤児院に預けるんだろうか。でも、自分の時は未婚の子だからという理由だったはずだ。今はもうすでに偽装ながらも結婚をしているわけだから、ここで育てられるんだろうか……。
 しかし、フローラ姫はハンカチで涙を拭きながら、ふるふると首をふった。
「いいえ、まだいないわ」
「…………なんだ、そうですか。……まだ?」
 なんだか冷ややかな声音になってしまったことに、リームは自分で驚いた。
 そんなつもりじゃない。自分はフローラ姫が子供を産もうが関係ないはずだ。むしろストゥルベル家の跡継ぎができてくれたほうが、何かと面倒くさくないはずだ。そうに決まってる。
「うううっ……ごめんなさい。確認して良かったわ……やっぱりやめておくわね……リームと仲良くできてるから、つい欲が出てしまったの……」
「いえ、違うんです。別に私は……」
 少し口ごもって、ぐるぐるする頭の中で自分の言いたいことを整理しながら、リームは泣き続けるフローラ姫を正面から見据えて言った。
「あの、フローラ姫。もう一度言っておきますけれど、私はストゥルベル家の養子になるつもりはありません。ここには娘として来ているわけではありません。しいて言えば茶飲み友達くらいです。……ですから、フローラ姫がお子様が欲しいと思われるのでしたら、お好きになさってください。私には関係ありませんので」
 だめだ、まだ言葉にトゲが残っている。リームは自分でも分かっていた。でも、これ以上どう言えばいいのか。
 思考と気持ちの歯車がかみ合わなくて、リームは下を向いて唇を噛んだ。
 ふわり、と花の香りがした。そっと頭に何かがふれる。――フローラ姫がそばに来て、頭をなでていた。
「泣かないで、リーム……ありがとう」
 泣いているのはフローラ姫のほうじゃないか。そう思いながら、リームは両手で自分の目元をこすった。
 フローラ姫はいつも泣いてばかりで侍女に囲まれていてふわふわとして少女みたいな頼りないお姫様なのに、なんでこういう時だけ母親みたいな顔をするんだろう。息づかいを感じる距離で、リームはやっと聞こえるくらいの小さな声でつぶやいた。
「……私、わりと下の子の面倒みるの得意でした。フローラ姫は小さい子の面倒みるの初めてですよね? お子様ができたら、あやしにきてあげます」
「……ありがとう。ごめんなさい、リーム……」
 背中にまわされたフローラ姫の両腕は細くて繊細で、目の前の首筋の白さなんて本当に人形のようだった。でも、人形と違って温かい。甘い花の香りは何故か安心する。記憶に残らないほど幼い頃、私はこの腕に抱かれたことがあるんだろうか。リームはフローラ姫の腕の中でそっと目を閉じた。



 不思議な雑貨屋ラヴェル・ヴィア―タの閉店時間は、六の刻。
 その時間が来る前から、カウンターにはすでに夕食の準備が整っていた。今日の夕食は、スリ魚のフライと青菜とウインナーのスープ、パンは固めのライ麦パンだ。ティナが閉店の看板を表に出すと、リームはひとりで食前のお祈りを済ませ、二人並んで夕食を食べ始める。
「そもそも、子供を作る予定があるんだったら、私を養子にむかえようとする必要なかったじゃないですか」
「やー、それは逆じゃない? リームが養子になってたら、もうひとり子供をなんて必要なかったのかも」
「あ、そっか……っていうか、偽装結婚してたらOKなんだったら、なんでもっと早くしておかなかったのかとっ」
「うーん、それも多分逆……リームができたから慌てて偽装結婚したんでしょ」
「責任感がっ、なさすぎるっ! 貴族ってこれだから! 毎年何人の子がピノ・ドミア神殿の孤児院に来てると思ってるんですか!」
 ストゥルベル城のお茶会から帰った後。ティナにフローラ姫がもうひとり子供を欲しがっているという話をしたら、今までどこにあったのか不満が次々に湧いてでてきた。なんでフローラ姫の前では全然出てこなかったのか不思議でならない。本当ならフローラ姫にこそきちんと言ってやるべきことなのに。
「……ごめんなさい。ティナに言っても仕方ないですよね」
 リームが言うと、ティナはにこにこしながら応えた。
「いーのいーの。でも、兄弟かぁ〜。私は一人っ子だから、ちょっと羨ましいな。リームはどっちかというと、弟のほうがいい? それとも妹のほうがいい?」
「弟でも妹でもないですから。私は養子にはならないんですからね。でもできれば、フローラ姫に似てほしいです」
 父親になるだろうあいつには絶対似てほしくない。腹黒宮廷魔法士にそっくりの子供なんて、めちゃくちゃ気に触るガキだろうとありありと想像できる。
「ふーん。でもリームはどちらかというとラングリーに似てるよね。いろいろ物怖じしないとことか」
「似・て・な・い・で・すっっっ!!!」
 全力で否定するリームを、ティナは楽しそうに笑って見ていた。



「リーム、待ってたぞ!」
「はいはい。で、今日は何をするの?」
 宮廷魔法士ラングリーの塔の一階、扉を開いたその先で、もうお約束となってしまったやり取りをしながら、リームはかかえた魔法語教本を目の前の応接室様になっているテーブルの上に置いた。
 掃除か菓子作りか、あるいは師匠の英雄伝説を長々と聞くのか。すでにため息をつく寸前のリームの一方、相変わらずテンションの高いミハレットは、きらきらしそうな満面の笑みだ。
「ふっふっふ、今日はなっ、リームにプレゼントがあるんだ!」
「何? ローブの次は杖でもくれるの?」
「惜しいけど違う! 杖も考えたがちょっと難しかった! ……やっぱり杖が良かったかな?」
「いやそもそもプレゼントとかいらないから。私はさっさとこの試練とやらを終わらせて、魔法の勉強をしたいだけで……」
「うん、そうだな。では、リームっ」
 ミハレットは姿勢を正す。
「オレは千年に一度の天才で偉大なる宮廷魔法士ラングリー師匠の一番弟子として! リームに弟子の証たるアミュレットを授けよう!」
 ミハレットが取り出したのは濃紫色の布がはられた小箱だった。リームに見せるように蓋をあけると、中には青い宝石のついた銀色のブローチが入っていた。どことなくラングリーの杖を意識したモチーフだ。そういえば、ミハレットも同じものをローブの肩口につけていた。
「アミュレットといっても、まだ何も魔法は入っていない。これから勉強して自分で魔法具を作るのにぴったりだろ」
 リームはちょっと呆気にとられて、得意満面なミハレットと銀色のブローチを見比べた。またこんな高そうなもの、と思ったが、ローブを受け取ってしまっている以上、そのあたりを言っても仕方がない。貴族は根本的に価値観が違うのだ。それはフローラ姫と話しててもよく分かる。それよりも、ローブと違う点は……。
「弟子の証ってことは、やっと弟子として認めてくれたの?」
 真に受けてほっとしたら、またすぐに面倒くさいことを言い出すかもしれない。リームが警戒したままに聞くと、ミハレットは少し残念そうな顔をした。
「……もうちょっと喜ぶと思ったんだけどな。んん、一応、リームが魔法士を目指す気持ちはよく分かった。師匠に対する愛はまだまだ足りないが、リームなりに師匠を大事に思っているのはこの前の件でも分かったし」
「大事になんて思ってなーいっ!?」
「そういうのを『つんでれ』というらしい。師匠に聞いた」
 あの腹黒中年タヌキ魔法士が一体何を言ったのか、想像するだけでもはらわた煮えくりかえる気分だったが、とにもかくにも、どうやら本当にこれで弟子と認められたようだ。わけのわからない試練からやっと解放されて、魔法の勉強をすることができる。リームはアミュレットが入った小箱を受け取った。
「ローブの代金と一緒にきっと返すから。とりあえず借りておくんだからね。ありがとう」
「あぁ、そうだな。リームは髪飾りにしても似合うんじゃないかな? そうやっても使えるように留め具を作ってもらったんだ。つけてやろうか? 鏡もあるぞ」
 時々ミハレットが妙に女性に気配りができるのは何故だろうと思っていたのだが、姉が二人に妹が三人いると聞いて納得した。リームは自分でつけるからと断って、鏡を見ながら右の耳の上あたりに留めた。アクセサリーなどつけたことがないので、ちょっと浮いてみえるんじゃないかと自分では思う。
「うん、とっても良く似合うぞ! 黒髪って素敵だな!」
「あ、ありがと……」
 この真正面から褒める感じも女兄弟がいるからなのだろうか。それとも貴族の教育の中には女性を褒めろという項目でもあるのだろうか。なんとなく落ち着かないが、悪い気はしなかった。


「はっはっは、悪いが何も考えてなかった。今日は適当に自習しておいてくれ。また次回までに何か考えておく」
 笑顔でそう言い放たれて、リームは期待しながら執務室まであがってきてしまった自分を心底後悔した。
 ミハレットの試練が終わって、やっと弟子として魔法の勉強ができると思った矢先、当の師匠の発言がこれだった。本当にこいつが『青』に認められた国有数の宮廷魔法士じゃなかったら、すぐにでも弟子を辞めてやるのにと心から思う。
「リーム、そんな怖い顔するなよ。自習は基本だぞ。オレなんかこの一年、九割九分は自習で学んできたんだ」
 それは放置されているだけではないのか。押しかけ弟子ミハレットは憧れの師匠の弟子でさえあればそれで満足なようだった。でも、リームはそれでは困るのだ。
「大丈夫なんですか? 本当にシェイグエール魔法院に入れるくらいの魔法を教えてもらえるんですか?」
「心配するな。今ちょっと色々と忙しくてな。そういえば、フローラから聞いたが――」
「帰りますっ! 来週はちゃんと教えてくださいね!」
 ラングリーが妙な話を出す前に、リームは急いで執務室を出た。ミハレットもあとについてくる。
「まぁ、そんなに怒るなって。師匠はお忙しいんだ。なにせ天才的頭脳と最高の魔法力を併せ持ち国王陛下や王妃殿下からも信頼の厚い宮廷魔法士だからなっ!」
 どうやらミハレットはフローラ姫とリームの関係は知らないらしい。特にラングリーに口止めはしていないのだが(したとしても無駄だろう)、ラングリーとしても話す理由がないということなのだろうか。もしばれたら、またしても面倒なことになりそうで嫌すぎる。私はただ『青』になるために魔法の勉強をしたいだけなのに。
 こうして結局、ティナが迎えに来るまでの数刻は、ミハレットに案内された城の図書室で本を読んで終わったのだった。

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