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雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ 4 「精霊に見守られたお茶会」



(3)雑貨屋の『不思議』

「ティナ、お待たせしました! ちゃんと見つけましたよっ」
 得意げな顔をして執務室に入ってきたのはリームだった。右手には、金属の輪でできた魔法具を持っている。
 中庭の端から端まで、少しずつ移動しながら周囲のフィードをじっくり観察して、やっと見つけ出したのだ。黄と緑と青のフィードがふわりと混ざりあいながら流れるバラの生垣の中、規則正しく輪を描く金朱色のフィード。生垣に手を突っ込んで取り出して、刻まれた魔法文字を読んでみたが、まだ仕組みは全然分からなかった。それでも無事見つけたのだから、課題はクリアだ。
「おー、すごいじゃない。やったわね」
「えへへ、ティナが教えてくれたおかげですっ」
 リームの後に続いて、ミハレットが納得いかない表情で入ってきた。
「師匠、すみません! 今回は油断しました! がっ! 次こそは! オレが先に見つけてやりますっ!!!」
「そうかそうか、まぁがんばれよ」
 ラングリーはかなり適当に応じるが、ミハレットはそれでも嬉しいらしい。キラキラした瞳で真っ直ぐラングリーを見て、はいっと元気に返事をした。


 雑貨屋に帰宅したのは、すっかり暗くなった八の刻だった。
 雑貨屋店内に現われた空間移動の紫色の光が消えて、ティナが天井付近の魔法具を見上げると、ふっと魔法の明かりが店内を照らした。リームが同じ魔法具に明かりをつける時は〈小さき光〉の呪文を唱えるが、ティナは呪文を使わない。ティナのイヤリングには一体どれだけの量の呪文が組み込まれているのだろうか。
「お腹すいたでしょ? 晩御飯用意するね」
「あっ、ティナ、私も手伝います!」
 ティナとリームは二人でカウンター裏手の台所へむかう。リームが〈灯の火〉でかまどに火をつけ、ティナが食糧庫を覗いて芋と卵を出した。
「リーム、これ切っておいてくれる? 確かハーブもあったはず……」
「はい、分かりました」
 ティナが戸棚を探している間に、リームは水甕から水を汲んで芋を洗い、包丁で皮をむきはじめる。
 と、リームは眼をまるくして手を止めた。本来なら白いはずの芋の中身が鮮やかなオレンジ色をしていたのだ。
「あれ? なんかこのお芋変わってますね。中、オレンジ色ですよ。初めて見ました」
「あ、ほんとだ。失敗したなー。でも食べられるんじゃない?」
「うーん、どうでしょう……」
 リームは芋の匂いをくんくんと嗅いだりしてみたが、ふとティナの言葉に違和感を感じた。
 失敗したな、と言っていた。変な芋を買ってしまって失敗した、という意味だろうか。しかし食料品の買い物はほとんどリームの役目だ。……そういえば、この芋はいつ買ったものだろう? ここしばらく、芋は買っていないはずだった。
「このお芋、ティナが買いました?」
「え? あぁ、うん。そうそう、私が買ったやつ。ごめんね、変なお芋買っちゃって」
 こういう表情のティナはわりと見慣れている。初めてこの雑貨屋に来た時も、『青』が雑貨屋を調べに来たときも、ティナはたまに視線を泳がせて笑う。
 ティナが買ってきた、変なもの。
 そういうものがここには沢山あるはずだ。――正確に言うなら、店頭に。
「……えーと、ティナ、このお芋もしかして、雑貨屋の商品と同じ方法で手に入れました?」
「あー、まぁ、そんな感じ」
 へへへと笑って誤魔化すティナ。先程の『失敗した』は、仕入れに失敗したということだろうか。リームは何か引っ掛かるものを感じていた。
 いつもなら流してしまうその引っ掛かりを、リームは頭の中で手繰り寄せた。それは少し、些細なフィードの変化を探すのに似ている。
 溶ける鉄鍋や踊るホウキと同じ手段で手に入れたもの。雑貨屋の不思議の原因である、奇妙な商品と同じ――。
 『青』が雑貨屋を調査に来た、あの日の晩を思い出す。
 『それなりのものをいただかないと』
 『雑貨屋の不思議を背負える何かですよ』
 ラングリーの言葉に、ティナは答えていた。
 『分かった、考えておくわ』
 ――雑貨屋の不思議はラングリーが背負うことになっている。
 おそらく、あの『巻物』に記された魔法によって。
 リームはオレンジ色の芋から視線をあげて、ティナのほうを見た。
「もしかして、雑貨屋の商品って、ティナが魔法で作ってるんですか?」
 ぴた、っとティナの動きが止まった。戸棚から出したハーブを手にしたまま、そーっとリームを振り返る。リームの表情を確認して、何故かほっとしたような微笑を見せた。
「それって……ラングリーから聞いたの?」
「いいえ。でもそうなのかなーって」
「そうだねぇ、うん。まぁ、そうかな?」
 どうにも視線が定まらないティナに、リームはずいっと追い打ちをかける。
「違うんですか?」
「ち、がわない、かな。うん。そう。雑貨屋の商品は、私が作ってる」
 とうとう認めた。
 特別な仕入れ先、なんて言っていたが、自分の魔法で加工した商品だったのだ。魔法士だということは分かっていたのに、何故隠す必要があったのだろう。
「やっぱりそうなんですね。最初からそう言ってくれればいいじゃないですか」
「う……ご、ごめんね。リームが魔法士の弟子になるなんて思ってなかったからさ。ほら、普通の人にとって魔法士って、ちょっと得体がしれないじゃない?」
「そんなことないですよ。強くてかっこよくて皆の憧れですよ!」
 リームが脳裏に思い浮かべるのは、孤児院に訪れた『青』の人の姿だ。小さい頃だったので記憶があいまいだが、ショートカットの女性だったように思う。ある子を狙ってやってきた数人の悪い魔法士を、鮮やかな光の渦であっという間に倒してしまった正義の味方。
「そういう風に思ってくれる人はありがたいんだけどね……」
「ティナも『青』になればいいんですよ。すごい魔法技術があるんですから。もし『青』が嫌いなら宮廷魔法士とか、魔法を使う仕事は沢山あると思うんですけど……なんで雑貨屋なんですか?」
 たぶん魔法を使いたくないわけじゃないんだろう。いつも気軽に空間移動の魔法で送り迎えしてくれるし、なにより魔法で商品を作っているのだから。
 『魔法士』として扱われることが嫌なのだろうか? だったら、魔法で作ったりしないで普通に商品を仕入れて店をやれば、不思議な雑貨屋にはならなくて、『青』に目をつけられたりもしなかったのに。
 ティナは手に持ったハーブをくるくる回して天井付近を見上げながら言う。
「うーん、私もいろいろ考えたんだけどね。魔法士でいるとやっぱり『青』と関わらなきゃいけなくなるし、かと言って、閉じこもってると飽きちゃうし。街で普通に暮らしながらってのが、丁度良いかなって」
「普通に暮らしながら……何をしてるんですか?」
「えーと、魔法の、練習?」
「あ、そっか。なんだ、そうなんですね」
 リームはやっと少し納得できた。
 自分と同じで、ティナもまだ修行中なのだ。もちろんレベルの差は比べものにならないんだろうけれど。練習で作った商品だから、あんなヘンテコなものができあがってるわけだ。
「でも失敗作を売るのはどうかと思いますよ?」
「いや失敗作じゃないのよ、ほんとに成功したと思って店に並べてるの。でも後からボロがでてくるものが多くて……まだまだ未熟だね」
 ティナは皮をむきかけのオレンジ芋を手にとって眺めながら肩をすくめる。
 ごく一部の魔法士しか扱えない空間移動の魔法すら簡単にこなしてしまうティナが自分と同じ修行中だと思うと、リームはなんだか親近感がわいてきた。
「大丈夫ですよ、きっと失敗せずできるようになります! 私もがんばって勉強しますから、ティナも一緒にがんばりましょう!」
「ふふふ、ありがと。うん、がんばるよ」
 ティナはにっこりと笑ってそう言った。オレンジ芋をリームに返して、鍋の準備をする。
「あ、店のものを魔法で作ってるって、他の人に言わないでね? ラングリーは知ってるけど、他は誰にも……フローラさんやミハレットくんにも言わないように、くれぐれもお願いね」
「はい、分かりました」
 きっとまた『青』の目にとまるのが嫌なのだろうと、この時はまだ、リームはそう思っていた。

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