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雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ 4 「精霊に見守られたお茶会」




(5)風精霊と魔法士の弟子

「よぉーーっし!! リーム!! 今回はオレの勝ちだっ!!」
 握りこぶしをあげて叫ぶミハレットの手には、小さな紙片があった。よく見ると何やら魔法陣が描かれている。今日の課題の魔法具だ。
 しまった、先を越された、と、リームは唇を噛んだ。
「どこにあったの?」
「上だよ」
「上って……浮いてたの!?」
「そう! 塔よりも高いところだったけど、〈そよぐ風〉で触れただけで落ちてきたぞ。そういう風に作ってあったんだな。さすが師匠っ!!」
「それってずるくない? どこまでが中庭の範囲なのよ」
 リームは夕焼けから紺色に変わりつつある空に目を向ける。自分も、塔より高い位置までフィードを感じ取れるだろうか。――と、青色に感じられる風のフィードの流れが固まっている部分があった。目には見えないけれど、何かいる。
「ねぇ、ミハレット、あれ……」
「ん? あぁ、風精霊だろ。時々師匠の様子を見に来るんだ。たぶん『青』の使いじゃないか?」
 見られていることに気がついたのか、目に見えない二つの気配が二人の元に降りてきた。フィードの固まりとしか感じられなかったものが、目にも見える形をとる。半透明の女性の姿。ひらひらした服と長い髪、少し幼くみえる表情は楽しげだ。
『ミハレットくんでしょ? で、リームちゃん。くすくすくす』
『魔法のお勉強ね? がんばってね。うふふふ』
 勉強したての精霊語をなんとか理解する。名前を知られていることにリームは驚いた。もし『青』の使いなら、きちんとしなければ。リームはしゃきっと表情をあらためた。
『青の人の使いなのですか?』
『さぁ? どうかしら?』
『どうかしらね? 分からないわね? くすくすくす』
 がんばって精霊語を使ってみたが、風精霊たちはまともに答えるつもりはないようだ。でもちゃんと伝わったらしいので、リームはちょっと嬉しかった。
「別に『青』の使いだからって、オレたちのことはわざわざ報告したりしないと思うぞ。聞いても何も答えないけどな。ただでさえ風精霊ってやつは捉えどころがないやつが多いし」
『私たちが人間語を理解しないとでも思ってる?』
『うまいこと言ったとでも思ってる? 風だけに』
『とらえられない。うふふふふ』
 くるくるとミハレットの周囲を飛び回る二人の風精霊。ミハレットは少しうざったそうだ。
「こんなことしてる場合じゃない、早く師匠に報告して褒めてもらわなくては! 師匠、師匠ーーっ!!」
 ミハレットはローブの裾をひるがえして全速力で駆け出していき、リームも塔へ戻ることにした。今日も遅くなってしまったので、ティナが待ってるはずだ。
 ミハレットに負けたのは悔しいが、事実なので仕方がない。次は絶対に負けないんだから、と心に誓った。
 そんな二人を見ながらくすくすと笑う風精霊たちは、すうっと黄昏の夜空に溶けていった。



 窓の外には、黄昏の空の下、風精霊たちが弟子たちにちょっかいを出している様子が見える。課題は見つけられたようだ。もうすぐ執務室に戻って来るだろう。
「あのさ、実は……」
「軽率だと怒られました? ご友人に?」
「えっ、誰から聞いたの!?」
「いいえ、そんなところだろうなぁと。何かやらかす前に処分しろとか言われませんでした?」
「そっ、そんなこと……言いかねない人もいるけど、たぶんその場合、私には言わずに……」
 ラングリーはため息をついた。正直すぎる。ご友人たちも、さぞ気苦労が絶えないことだろうと、ラングリーは遠い目をした。
「そーですか。肝に銘じておきます。まぁ、命狙われるのは慣れてますから。ストゥルベル公に散々狙われましたからね」
「いや、大丈夫よ! たぶん……ちゃんと、私が責任とるって、今度言っておくから」
「俺が失敗した時にその責任をとってくださるんですか? そりゃあ、ありがたいことで。世界の命運を背負うのは大変ですね?」
「うん。ほんとなんか、大変。思ってたより大変」
 茶化したつもりがしみじみとそう言われて、ラングリーはつい無言になる。
 階段を上ってくる足音が聞こえた。
 尻尾があればちぎれんばかりに振っているだろう褒めてくださいオーラをまとう一番弟子と、眉をしかめて次こそは負けまいと決意のオーラをまとう二番弟子の姿をありありと思い浮かべることができて、ラングリーは口の端に笑みを乗せた。



 秋晴れの良い天気。ただ少し風が湿っぽくて、遠くの空に雲が見える。雨がふらないといいけど、とリームは思った。
「それじゃあ行こうか」
「はい、お願いします」
 今日はフローラ姫とのお茶会の日。ただし、初めてストゥルベル城の外で開かれる、野外茶会だ。
 フローラ姫はラングリーが連れてくるらしく、こちらはティナと一緒に現地集合の予定だった。

 最初に着いたのは森の入口だった。ストゥルベル領内の小高い丘にある森で、隣にある村の名前と同名の『ミトロの森』と呼ばれているらしい。ところどころ木々の葉が黄色や茶色に染まっているが、まだふかふかと落ち葉が積もるには早い時期だ。
「えーと……こっち、かな。ちょっと距離がありそう。もう一回移動しようかな」
「オジサンたちの居る場所が分かるんですか?」
「目印を置いてくれてるのよ。分かる? 東の方」
 リームは目を閉じて感覚を広げた。濃密な黄緑色の気配。黄色が大地のフィードの色で、緑色が水のフィードの色だ。植物が多い場所はそれが混ざって黄緑に見える。
「全然分かりません」
 リームは正直に答えた。歩いて移動するのをためらうほど遠くのことなど、微塵も分かる気がしない。でもティナも、きっと腹黒宮廷魔法士も分かるのだろう。レベルの差は果てしなく広い。
「まぁ最初は難しいかな。じゃあ、もう一回移動するよ」

 紫色の光が薄らいで、見えてきたのは森の中のひらけた場所だった。少し曇ってきた柔らかい日差しの下、一面に紫色のサリタの花が満開だ。クロムベルク城の中庭よりもずっと広い。
 その中央に不自然に置かれている白いテーブルセット、数人の侍女に囲まれてお人形のように座っているのは涙姫フローラだった。
 そして黒いローブの姿が二人……二人? リームは嫌な予感がした。
 フローラ姫の隣、椅子に座っているのは宮廷魔法士ラングリーだ。とすると、その傍らに立つ小柄な黒ローブ姿は……。
「ミ、ミハレッ……っ!?!?」
 まずい。何故ミハレットがここにいるのだろう。こんな顔ぶれが集まったら、絶対にばれるじゃないか――というか、もう話してしまったのだろうか? フローラ姫と自分との関係について、どういう説明をしてあるんだろう?
 ラングリーが気がついて、それに続いてフローラ姫やミハレットもリームたちの方を向いた。ハンカチで目元をぬぐっていたフローラ姫が微笑みながら手をふる。ラングリーもミハレットも、表情に特に変わったところは見られないが……。
「あ、ほんとだね。ミハレットくんも来てたんだ」
「来てたんだ、じゃないですよ、ティナっ!! やばいじゃないですか!!」
 じりじりとティナの服の裾を引っ張りながら後ろへ下がるリーム。ティナもリームの危惧するところは分かったようだが、肩をすくめるだけで動こうとはしなかった。
「まあ、いい機会かもしれないよ? ずっと隠してるのも面倒でしょ」
「ばれたほうが面倒ですよ! きっとまた師匠にふさわしくないとか言って、訳の分からない試練をやらせるんですよ!」
 あれだけラングリーに心酔するミハレットだ。地味で平凡な自分が師匠の娘だなんて、絶対に認めるはずがない。こっちだって願い下げなのに。あぁむしろ娘なんかじゃないんだった。そうだった。でも、フローラ姫がそう言ったら信じてしまうのではないだろうか――いや、そうでもないか? フローラ姫と自分は似ても似つかないんだし。勘違いってことで丸く収まる可能性も……?
 リームがぐるぐると考えていると、なかなか近づいてこないことを不思議に思ったらしいラングリーら三人が、何やら言葉を交わし、そしてミハレットがリームとティナのほうに歩いてくるのが見えた。
 どうする!? 誤魔化せるか? それ以前に、話を聞いているのかいないのか? どういう態度をとってくるだろう? やっぱり――がっかりしただろうか……。
 ミハレットが声をかけられるほど近くに来る少し前――リームは、逃げ出した。
「ちょっと、リームっ!」
 ティナの少し呆れ気味な声を背に聞きながら、リームは森の中へと駆けていった。


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